第9話 姉御

 滅茶苦茶怒られた。


 悪気は無かったんだよ、ただ頭空っぽにして楽しんでほしくて。気がついたら俺の頭が空っぽになってたんだ。

 ぶん殴ってきたからね、全力で走ってる最中に「いい加減にしろ!」って叫びながら殴ってきたから。下手すりゃここで死んでるよ?俺じゃなきゃ落っことしちゃうね。

 転びながら身を捻って、I can flyを実践してるオルヒをなんとか咥え、腹に乗せて背中で滑った。摩擦で自慢の毛が痛んじゃうぜ。


 プリプリ怒りながら犬に説教するオルヒを乗せて、トボトボ歩いて帰ってきた。なんか前にも似たような事あったな。

 朝の内に町を出たのに、帰ったらもう暗くなってきてました。どんだけ走ったんだよ俺、鉄拳制裁は甘んじて受け入れました。



 軍団の宿舎近くまで進むと丁度少し前に荷駄隊が到着したようで、物資搬入の作業員の他に、部隊にくっついてきた露店商の売り言葉も聞こえてくる。

「はぁ、疲れた。君もお腹へったでしょ?今日はもういいから帰りなさい」

「くぅぅん」

 反省を表し情けない感じで一鳴き。ほんとにすまんかった。

「ふふ、だいじょうぶだよ。ありがとう、楽しかったよ」

「オンオン!」

「でも、次は無いからね?」

「ヒャイン‼️」



 はぁ、アイツ怖い顔するようになったなぁ。色々闇を抱えていそうだ。でもお尻柔らかかったなぁ、あの重みを乗せることで何かに目覚めてしまいそうだ。

 また俺が癒やしてやらないとな!あんちゃんに任せておけ!

 ところでご主人、ご飯まだ?


「ジロウ、お前聞いたぞ?俺が訓練している間に抜け出してオルヒデーア殿に迷惑をかけていたらしいな?」

「わう?」

 楽しかったって言ってたし大丈夫だろう。誰がそんな歪んだ情報を流したのか。

「明日しっかり謝罪に行かねばな、どうすればよいか…。詫びの品を渡すだけじゃ駄目だよな。……ふふふ」

 あ、こいつ。


「ツユ、お詫びとして食事に招待するのはどうだろうか?ツユの料理は美味いからな、オルヒデーア殿にもゆっくり楽しんでもらえるのでは?」

 おいぃ!それは止めろ!!

「……配給品で調理する事になりますので、オルヒデーア様に満足いただけますかどうか」

「ふーむ、美味い酒でもあればよいのだがここでは難しいか」

「酒……、酒か……混ぜてやってしまうか…」

 ブツブツ言うの怖いからやめてください。

「オン!オン!」

 馬鹿な事言ってないでご飯出してよ。

「あぁジロウ、お前の飯は抜きだ」

「アオォ!?」




 その日の深夜、本当に飯を抜かれた俺は脱走を警戒され、罰も兼ねて1匹寂しく納屋に閉じ込められる事になった。

「アオオウォン」

 お腹減りましたよ。動物虐待です。あー外に行けたらなんか見つけて食うのになー。

「黙りなさい駄犬」

 いきなり声をかけられて飛び上がった。なんなのいつから居たの何でいるの!?

「今日はやってくれましたね、働いて返しなさい」

 そう言って細身の剣を見せつけてくる。躾じゃなく始末する気なのでは?

「ワワン!ワン!ウォワン!」

 ただではやられねぇぞ!

「フン!」


 ドゴン!


「ギャワン!」

 衝撃波が発生してそうな強烈な蹴りを受け、もんどり打って倒れる。こいつやはり只者ではない。


 いててて、先制されてしまったがここからは俺の反撃タイムだ。

「ヒャインヒャイン」

 腹を見せて恭順の姿勢を取る。これは一時のプライドを捨てる俺のクレバーな作戦だ、この愛らしい姿を見たらこれ以上攻撃は出来まい。近づいてこい、我の本当の恐ろしさを叩き込んで…

「フン!」


 ドゴン!


「ギャイン!」

 こいつ人の心とか無いんか?腹見せてる犬を蹴り飛ばすとかグレた中学生でもやらんぞ。


「勘違いするな、働いて返せと言ったでしょう。お前は良い乗り物になるようだから生かしてあげます」

 なに?深夜のドライブ行きたいの?グレた中学生じゃなくて盗んだバイクで走り出す高校生なの?


「じっとしていなさい」

 背中に布を掛けられ、その上に鞍を乗せている。いくら大きいとはいえ俺は犬だよ?サイズはともかく形が合ってないよ?

「鞍など無くても平気だがエロ犬に尻を乗せるのは不快です」

 は?お前何いってんの?お前そんなお前…俺はお前の尻なんてだな。

 内心で抗議している間にくるくると帯紐を結んで取り付けてしまった。

「ハミは無いので私の言葉に従いなさい。背いたらお仕置きですよ」

 ヘーイ。もうこうなったら深夜ドライブを満喫しますよ。途中で何か食べ物見つけたいな。

「行きますよ」

 夜の世界にレッツゴー!何人たりとも俺の前は走らせねぇ!



 たったかたったか、うーん深夜のドライブも乙な物ですねぇ。ちょっと冷えるけど運動してると気持ちいい。背中に鞍が無かったらもっと良かったんだけど。

 背中のツユもあんまり気にならなくなった。重みがあるのはなんか気持ちいいし。これは普通の女の子、これは普通の女の子、姿は目に入らないのだから思い込めば大丈夫!

「犬、遅い。速度を上げなさい」

 駄目みたいですね。もっと優しくして。


 言われた通り速度を上げてまっすぐ走るが、こいつ分かってんのかな?

 先の方からくっさい匂いがする。前の戦争の後、俺が殺されるまでの間に大量に狩ったやつらだ。こいつらを食っていた俺は本当に頭がおかしくなっていたんだと実感する。

「オンオン!」

 姿が見えるくらいまで近づいて速度を落とした。姉御、このままじゃ襲われますぜ?

「行け」

 これが目的か。ノブタダの手を煩わすまでも無いってか?健気だねぇ。ツユは怖いけどこういう所が嫌いになれないんだよなぁ。ノブ×オルよりノブ×ツユの方が平和でいいよね?


「オン!」

 しかしツユは俺に乗ったままでどうすんの?弓か槍でも持ってきたら良かったのに。

「襲撃だ!」

 どう見ても腐ってるのにちゃんと喋るヒトモドキ。謎生物だ、絶対に人とは認めない。

 以前俺が潰して回ってたのと同じく、50体くらいの群体。何か良からぬことをやってそうだなぁ。

 強襲したので弓や投石を受ける事はないが、人を乗せたまま近づいても俺には何も出来ない。ツユさんや、何をしようというのかね。


「ソリュンド・ヴァリオス!」


「アオォ!?」

 ツユが呪文を叫ぶと同時に俺達を囲むように薄いリングが生まれたかと思うと、それがふわりと広がっていった。


 どちゃどちゃどちゃ。


 周囲の人もどきは腹の辺りでぶった切られて半分に転がった。見える範囲全部だ。


「キュウウン」

 魔法使いこえぇぇぇぇ!お前も魔法使いだったの!?てかこえぇぇぇぇぇ!

 こんなの兵器じゃん、軍団相手にぶっ放したら全滅するんじゃないか?

 強大な魔物に対抗する人類の希望。万人に一人の運命の人。なんでご主人の付き人やってるの?


「帰りますよ」

「オン!」

 ヘイ姉御!


 いやー恐ろしい光景だった。こいつ今までもこっそり処分していたんだろうか?

 何故夜中にこっそりやっているのか?何故ご主人の付き人なのか?人もどきは何をやっているのか?疑問は尽きないんだが、とりあえず。

「アオン?」

 働いたしご飯でないっすか?

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