第10話 犬ビーム

 ヒトモドキとの戦闘?処分?を終えて帰ってきた。

 あの魔法にはビビり散らしてしまったが、このままツユと別れるわけにはいかん。


「くぅ~ん、きゅ~ん」

 ごはんくれ~働いたんだから飯くれ~

「犬、働きには応じましょう。少し待っていなさい」

 やったぜ。少々不安はあるが普段の飯もツユが用意してくれているのだ。余り物の適当な飯を食わせてくれたら十分だ。


 何か簡単な物が出てくると思ったが暫く待たされ、とてもいい匂いをさせながら戻ってきた。

「これを食べなさい」

「ウォン!?」

 驚きの温かい手料理だ、ちゃんとぬるめの温度に気配りを感じる。

 ハグハグハグハグハグ、うま、むしゃむしゃ、んーうまうま、ハグハグハグハグハグ。

「良さそうですね。これからもしっかり働けば報われますよ」

 そういいながら水も用意してくれる。

 さっきは蹴り飛ばして働かせたというのにこの落差よ。分かりやすい飴と鞭、分かっちゃいるがうまい飯に抗えそうにない。

 香辛料を使わない薄い味付け、香りの立つ温めの温度、丸くくぼんだ器、野菜を煮崩し粘度を出して食べやすくしてある。気配りの行き届いた飯だ。犬の気持ちの分かる女ツユ。あれ?こいつこれが出来るのに俺にあの残飯食わせてたの?


 食事が終わるのを待って鞍を外してくれた。ん~開放感。

「これからもノブタダ様の為に働きなさい。昼間の様な事は無いように」

 ヘイ姉御、以後気をつけます。

「それから、あの女の気を引いてノブタダ様との時間を作って差し上げるのです。わかりますね?」

 いやそれはいいんだけどさ。

「では今日は休みなさい。明日の稽古には着いていくように」

「オン!」

 ツユは出ていった。今からどれだけ寝れるんだ?朝飯も休憩の飲み物も用意して掃除して洗濯もして。体は持つのかね?


 ん~ミステリアスな女だ。俺に対しても言葉が通じていると確信しているよね。

 夜中に人もどきを狩っているのも分からん。人もどきは半分魔物みたい物っぽいので処理するのは不思議じゃないんだけど、それってこの救世軍のお仕事では?

 なんでそれを一人で狩るんだ?魔法の事といい、何を考えているのかさっぱり分からん。色恋だけは分かりやすいのにな。

 はぁ~、まぁいっか俺犬だし。今日は色々考えすぎた、明日はのんびり過ごしたいな。

 静かな夜に運動して、戻ってうまい飯を食べ、安全な納屋でゆっくり眠れるのだ。なんだかんだでいい夜だった。

 ツユがいつも優しかったらなぁ、結構可愛いとこあるのになぁ。怖いけど。

 これからはちょっと気遣ってやるかとぼんやり考えながら、おやすみなさい。

 ぐぅ。






「ややっ、オルヒデーア殿、おはようございます。」

「おはようございますノブタダさん。ジロウ君もおはよう」

 翌朝、昨日と同じルーチンだ。

「昨日はジロウがご迷惑をおかけして申し訳ない。お詫びにその、あーお昼をですね。二人で、た、たべ、ご馳走させてください!」

 おぉ、ご主人頑張った! でもなぁ、そういう風に一息で言いきっちゃうとなぁ。

「お構いなく、昨日は私も楽しみましたので、詫びは不要です。ねージロウ君」

 はい終了。相手が興味持ってくれてないんだから、断りにくい流れをさぁ。いやまぁ興味持ってない時点で迷惑になっちゃうんだけど。


 意気消沈するご主人、俺を撫でるオルヒ、無表情のツユ、撫でる手に頭を擦り付ける俺。

 暫くしてオルヒは立ち去ったが、俺は引き止めなかった。

「ジロウよ、お前ももうちょっと頑張ってくれ。二人乗りとか出来ないか?」

「ぐるる」

 絶対やらねぇよ。


 ていうかご主人、後ろのツユに思うところはないの?

 結構いい女だと思うよ?美人だし。控えめな所がご主人に合ってると思う。惚れた男に甲斐甲斐しく傅いて、料理も上手くて、それでも惚れた男のために黙って身を引こうとしてるんだよ?しかもご主人の知らないところでずっと苦労を重ねてるんだ。もうちょっと思いやってやりなよ。怖いけど。

 ちらりとツユの顔色を伺ったが、やはり何も読み取れない。



 ツユの事を気にもかけずに鍛錬を始めるご主人。やはり美しい剣さばきである。

 俺の戦い方とは全く違う流麗な動き。練り上げられた技術の香りがする芸術品だ。

 横から見ていると早くて無駄がないだけなんだけど、相対すると死角や不意を利用して不可視になる。見せる為じゃなく、相手を殺すための武術。

 俺に使えるイメージは浮かばないが、それでもじっと見続けた。






 それから6日、代わり映えの無い日が続いたが、見過ごせない問題がある。

「犬、鞍を付けるので起きなさい」

 こいつ毎晩呼びつけるんだよ!以前もやってたの?ほんとにいつ寝てるんだよ。


 廊下に寝転がって待機していたが、起きあがって部屋に入るすれ違いざまに顔色を窺う。相変わらず無表情だが、俺はそこに疲れを読み取った。こいつは恐ろしい能力を持つ魔法使いだが、だからって平気なはずがない。眠らなくても平気なのは魔物だけだろう。

 こいつの弱体化は確信した。なら今日、ここで決める。こんな事は繰り返させない。



「カロロロロ」

 高く喉を鳴らし戦いの意志を伝える、逃げ場の無い部屋の端まで寄って体を屈めた。

「反抗ですか。やはり所詮犬という事ですね。いい機会です、しっかり躾けてあげましょう」

 面倒そうに剣と鞍を置いて向き合う。俺を捻るくらい簡単だと思っているんだろう。

 甘いぜ、俺はこれまで能力を隠していた、能ある鷹は爪を隠すという言葉を知らんだろう。なりふり構わない俺は強いぜ?

「来なさい」

 行かねぇよ。


 下腹に力を入れてキリリと睨みつける、後ろ脚を屈めて体を沈めた体制だ。

「っ!!」

 なんて顔してやがる…、俺は止まんねぇからよ、お前が止めねぇ限り、その前に俺はやるぞ。だから…。

「犬っ!きさまぁ!!」

 ふっ、超怖えぇ。だが戦う場所を間違えたな、俺を呼びに行けばよかったのにお前は部屋の前まで呼びつけた。やはり体力が落ちているのか?この場でお前の動きは1つしか無い。

「ああぁぁぁぁぁっ!!」

 たまらず駆け出してくる、ツユの強さは技術に裏打ちされたものだ、そんな態勢で何が出来る。鋭い蹴りも恐ろしい魔法も、今は警戒する必要がない。


 迫るツユに対し、力を貯めた態勢から一気に距離を詰めた。

 ツユは低い位置に居る俺を止めようと前屈みで腕を伸ばしている、上半身が流れて脚が付いて来ていない、この態勢から足技は出ない。


 ダンッ!


 顔面目掛けて飛び上がる!左腕で顔面を庇い、顎を引いて首元を隠すツユ。残った右手も前に出ていたので、攻撃の為には溜めが必要だ。

 一瞬の溜めからフック気味に鋭い拳が飛んでくる、しかし無理な体勢からの分かりやすい単純な攻撃。

 それを顔面に受けながら、ハンマーの様に固めた尻尾で水月を撃ち抜いた。


「ぐぶっ」

 立てないだろう、意識の無い場所からのカウンターだ。撃ち抜いた感触は不安になるほど柔らかいものだった。

 一方俺にダメージは無い。こいつの攻撃は軽い、高度な技術で繰り出される打撃は回避できないが腕力が足りねぇよ。まぁ本職は魔法使いだろうしな。


「きさまぁぁっ!!」

 おしっこちびりそうです。付き合っていられないのでさっさと退散する。

「オン」

 寝とけ。




「アオーーーーーーーーーーン!!!」

 なんでこんな事やってんだろうなぁ、いやぁやっぱ美味い飯が悪いよなぁ。

 あんなの出されたらさぁ仕方ないよな?今日は俺が始末してくるって言えたらよかったんだけさ。

 グダグダ自分に言い訳しながら夜を駆ける。自分で決めたことではあるがモヤモヤして仕方ない。

 帰ったらブチ切れてるんだろうな、あぁやっちまった。計画的な反抗じゃないんです!出来心なんです!

「ハゥン…」

 溜息が溢れる。

 やっちまった感がすごい、腹を撃ち抜いた感触が残っていてやりすぎた不安もある。明日からどんな顔して飯貰うんだよ?ご主人に知られたら害獣扱いされたりして。


 あぁもう嫌だ、なんでこんな事に。俺考えるの苦手なんだよ、勘弁してくれよ。

 モヤモヤモヤモヤ、グダグダグダグダ、グチグチグチグチ。

 ああああぁぁぁlもう!ああああああああああああ!!

 前方にヒトモドキの一団が見える。

(全部あいつらのせいだ!あいつらがちょろちょろしてるのが悪いんだ!俺は悪くねぇ!!ぶっ殺してやる!!!)


「アウォォーーーーーーーーンンン!!!!!」


 ドギューーーーーンン!!!!!


「アウンフォォ!!?!??」

 何か出た!!


 ズドォォォォォォ!!!


 俺の口から飛び出した謎の光はヒトモドキ集団に着弾し、凄まじい熱と衝撃を発生させて弾けた。

 熱波に焼かれ、衝撃波で弾け飛び、身を隠せていても肺まで焼かれ、酸素を燃焼し尽くした空気は毒と化す。あまりの光景に俺は呆然としていた。


(俺は悪くねぇ、俺は悪くねぇ)


 帰った。

 オルヒ、俺を慰めてくれ。

 ご主人、俺は悪くねぇ。

 ツユ、ご飯作って。

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