第8話 爆走ジロウ

「わんわわあお~んわおわおぶふんふ~んあぁお~~ん♪」

 犬語で著作権を踏みにじり、前世で200回は聞いた名曲を絶唱しながら町の中心にある代官邸に遊びに来た。

 代官邸には軍のエライさんが詰めており、女衆もいる。客将ノブタダの無害なペットであり、皆の人気者である俺はここでも可愛がられているのだ!


「ジロウちゃんはおりこうねぇ、ほ~らおいしいお肉ですよぉ」

「あおおん!あおおん!」

 完璧な犬を演じる俺、俺の演技を見破ることなど出来まい。高く投げられた肉を華麗な垂直跳びでキャッチ!両脚で地面に抑えていただきま~す。

「わふん!」ハムッ、ハフハフ、ハフッ!!

「キャー!カッコイイー!」「いつ見ても見事ねぇ」

 ヘッヘッヘ、よせやい尻尾が揺れちまうぜ。

 ………これは演技だ。


 女衆に愛想を振りまき、腹も膨れたので次は昼寝だ。早くいい場所に移動して休まなければ。犬の生活は忙しい。

 ん?くんかくんか・・・オルヒの匂いがするぞ。そういえば軍団長に呼ばれてるって言ってたか。どこかの部屋にいるようだが、軍団長と変な仲だったりしないだろうな……

 んーむ、俺が首を突っ込むのはよくないと思うが、軍団長は遊んでそうなイケオジなのだ。女衆からも人気がある。真剣な交際ならよいが、そうでないならあんちゃん許しませんよ!

 少しだけ、少しだけ、さきっちょだけ聞くだけだから。少し罪悪感はあるが、匂いを頼りに部屋を探し当て、ばつぎゅん高性能なイヌイヤーで聞き耳を立てることにした。


「ではまだこの地に残るのですね」

「巫女様は確信を持っておられるようだ。我らが引くわけには行かぬ」

「物資は送られるのでしょうか」

「うむ、既にこちらへ向かっているそうだ。嗜好品も積んでいるのでオルヒ殿もたまには楽しむが良い」

「……はい」

「オルヒ殿には鋭気を養って貰わねばな、オルヒ殿こそは戦乙女の化身であると崇拝しているものもおるのだ。あの美しく凛々しい姿を見れば兵達の指揮も上がるというもの」

「そのような事は」

「なに謙遜することはない。私も戦場で勇ましく戦う君の姿には少年の様に心をときめかせてしまった」

「お戯れを」

「オルヒ殿、今晩こそは食事に付き合ってくれるな?君のために用意したものがあるのだ。連絡は寄越しておくから今晩は…」

『アオーーーーーーーーーーーンンン!!』ガリガリガリ

『アオアオーーーン!ウロォローーーン!』ドンドンドン

「なんだ!魔獣か!」

 オラオラびびってんじゃねぇぞコラァ!それでも軍人かよヤ◯チンがよぉ!!

「あら、ノブタダさんのペットのジロウ君ですよ。邸の女性達もよく可愛がっていますよ」

「ペット!?猛獣ではないか!」

「団長様はペットが苦手の様です。行きましょうジロウ君」

「あ……」



 無様を晒した軍団長はそれ以上引き止める事も出来なかったようで、平和的にオルヒを救出することに成功した。

「ありがとうジロウ君、君は本当に賢いねぇ」

 わふわふ、そうだろう?俺はずっと賢いのだ。

「団長さんいつもしつこくてね、今日は助かっちゃったよ」

 ぱたぱた、お前が喜ぶと俺はその三倍喜ぶ。いつでも助けてやるからなぁ!


「前はねぇ、虫避けがいたんだけどねぇ」

 ん?え?もしかしてそれって俺じゃないよね?そんな風に思ってたの?お前結構きついとこあるよね。いやでも他に元彼とか?いやいや!

「うふふふ、振られちゃってねぇ、私のことなんて何とも思ってなかったんだ」

 なんだそいつ!ぶっ殺す!!ガウガウ!!

「私が止めても聞きもせず、戦いに出てやられちゃったんだ」

 わふ、

「私を捨てて自分から行っちゃったからね、自業自得だよ」

 わふ、

「でもね、」

 オルヒは見たことも無い暗い目で、

「あいつらは絶対に許さない」

 お前が辛いと俺は3倍辛い。



 元々オルヒと一緒になる事は諦めていた。こうなった事に大きな後悔は無い。

 それに今更元に戻すことなど出来ないのだ、こいつには前を向いて幸せになってもらいたい。自分勝手かな?

「わおんわおん!」

 頭を低くしてオルヒの股の間に潜り込む。許せ、我は犬ぞ。わんわん。

「わっ、わっ、どうしたの落ち着いて!」

 頭を上げて立ち上がるとオルヒを背に乗せる形になる。クソデカわんこにライドォォン。

「アオーーーン!」

 いくぜ、全部忘れさせてやるよ。俺は勢いよく走り出した。




「サラマン君(ロバもどき)よりずっと速い!」

 そらそうよ。

 巨石を運び、魔獣として地を駆けた俺だ。女1人乗せて走るくらい何とも無い。

 人間の頃には色々考えて出来なかった事が、今なら簡単にできる。

 所詮犬だ。こいつと距離を取る必要もないし、仕事を優先してやりたい事も出来なかったあの頃とは違う。

 俺は力の限り走った。こいつが何も考えずに済むように、今を楽しんでくれるように。

 こいつが笑っていると俺の幸せ回路がぎゅんぎゅん唸りを上げている。

 騎乗者が笑うだけで燃料が供給される究極のエコカー。どこまでも美しい軌跡を刻む俺はマジギレしたオルヒに殴られるまで走り続けた。




 ここどこっすか?

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