第20話 聖都の邪龍
遠い記憶を見ている。
始まりの記憶。小さな部屋の、小さな入れ物が全てだった。
「魔素を集めろ、魔物を倒すんだ。分かるか?何故何も反応しないんだ。魔物を倒せ、そうすればお前は強くなる。力も魂も強化されるのだ。お前は世界の王にだってなれる!わからないのか!」
言葉は記憶した。意味は分からない。
「やはりこのままでは駄目か、仕方ない」
意味の分からない言葉を沢山聞いた。ぼんやりとしか思い出せない無為な時間が過ぎた後、最初に覚えているのは怒りだった。怒り、怒り、怒り、それに翻弄されて何があったか思い出せない。気づくと俺は一本の草になって揺られていた。
光が気持ちいい、だけど周りのやつが邪魔だと思った。気がついたら俺の周りに草は無くなっていた。存分に光を浴びて育って、何かに食われて死んだ。
気づくと俺は小さな虫になっていた。産まれた場所でただ草を食べていたが、周囲に同じ虫がいて邪魔だと思った。気がついたら俺だけになっていた。存分に草を食べて何かに食べられて死んだ。
大きな虫になり、魚になり、鳥になり、獣になり、繰り返しの果て、いつか人になった。
俺は何かを思い出し、初めて愛を知り、戦い、一人になって死んだ。
そして大きな犬になった。人の中で生き、戦って、一緒に死んだ。
もう目覚めなくていいと思った。愛した人と一緒に死ねたから。
なのに今この意識は何だ!俺は生きているのか!何故だ!
俺は生きたく無いのに!あいつの居ない世界を生きたく無い!過去を思い出した今、1人で生きて死ぬ虚しさが俺を圧し潰す。俺だけ生きて何をするのだ!
魔物を殺せと俺の中の何かが囁く。言われるまでも無い、生きなければいけないなら代わりに殺し続ける。魔物は殺す!魔に迎合する人も殺す!吸血鬼は炙り出して殺す!一匹たりとも生きる事を許さん!!
「ピギャァァァァ!!」
死を願い、殺意に埋め尽くされて世界を開いた。俺は小さなドラゴンに生まれ変わっていた。
聖都を守る守護龍。その100年ぶりに産まれた雛の一匹。全身を黒く染め、生まれながらに世界を呪う邪龍。それが俺の新しい生だった。
なんだこれ?俺はたった今産まれたはず。それなのに頭はすっきりとしている。
青い空、石の床、目の前には人間たち、足元には大きな布と割れた卵、そして横にはまだ割れていない卵が目に入った。
まずは落ち着いて自分の体をチェックしよう。
全身が鱗で覆われているが、どうにもぷにぷにしている。腹なんて特に柔らかい。指は四本、大きな爪がついているが半透明で軟そうだ。全体の色は黒、そして背中には羽。
これドラゴンじゃね?卵を破ったばかりのドラゴンか。頭がスッキリしているのは種族的に知能が高いのかな。
『お前は何者だ。何故我が子の中に入っている』
声が響いて慌てて振り向くと、そこには大きな白い龍がいた。強い、今まで見た何者も比較対象にならない程に。
『応えよ』
急に言われてもな。しかしそうか、我が子が生まれたら俺だったんだな。
『何者でもない、理由もない。俺は死んで、気がついたらここにいた』
『………』
なんか言えや。
『100年振りの我が子だ。暫くは子でいろ』
いいのかよ。人間だったら発狂してるぞ。流石龍と言うべきなんだろうか?
まぁ助かった、産まれたばかりでヤワヤワだしエネルギーも無い。ここから逃げても雑魚の魔物くらいなら倒せるだろうが、今はここで学ぼう。
色々話を聞きたいが、残り2つの卵が孵るまでお預けだ。まぁ何度も話すのは面倒なんだろう。
卵は温められる事も無く放ったらかしだ。床の上に大きな布があってその上に卵がある。床は石で、周囲には石の柱が建っているが天井は無い。ただの装飾の柱なんだろうけど、デカい龍には邪魔じゃね?そういえばセ◯ゲームでもこんな無駄な柱を作ってたな。産まれたばかりなせいか、古い記憶が頭に浮かんでくる。
軟い羽を使って人間の方に近寄ると、慄いて人の群れが引いてしまった。なんだ?こいつら何の為に集まってるんだ?折角お披露目してやろうと思ったのに。
『お前の黒い体を恐れているのだ』
ふむ。確かにこいつは真っ白だ。アルビノという感じじゃなく、とても神聖な雰囲気を感じる。この綺麗な龍から俺が産まれたの?よくブチ切れずに我慢しているな、やっぱさすが龍だぜ器がでかい。
ビビっている人間を見ると無性にイライラする。今まで見てこなかったタイプだ。さっさとこんな所から離れたい。
こうして俺の龍生が始まった。きっと短い物になるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます