第12話 吸血鬼?

 大規模な戦闘があった翌日から部隊は慌ただしく動くようになった。

 もともとこいつらはここに人探しに来たらしいので、あんな大規模な戦闘は想定外なのかも。怪我人が多くて険悪な雰囲気だ。


「オンオン!」

「ジロウちゃん今はちょっと忙しいの、ごめんねぇ」

 女衆も忙しそうだ。ご主人もオルヒも真面目に鍛錬に励んでいて、俺だけ1頭でだらだらしている。



 う~ん、ずっと寝てても仕方ないし、ちょっと遠出して様子見して来ようかな。

 ヒトモドキがやってくる方向は分かってるんだ、そっちに何があるか見てこよう。

 ツユ~ツユ~、匂いで探して汗をかきながら真面目に洗濯をしているツユを見つけた。それって魔法使いの仕事なの?


「オウオウン、アオウン」

「ふん、散歩してきなさい。ただし必ず戻ってノブタタ様の力になるように」

 へいへい、我は犬であるが一宿一飯の恩義を忘れたりはしないよ。

「オォォォォン!」

 北へ~行こうオンオオン!北へ~行こうオンオオン!

 チンタラ移動する気は無い、町から離れた所で翼を出してフライハイ。




 上空から見ると、何も無い広い荒野に人の住む地域が点在しているのが分かる、

 この辺りは魔物領域に近いとは言え人間の領域内であるわけだが、それでも支配エリアは細かく分断されている。魔物から逃げてなんとか生きるエリアを確保しているのが現状だ。

 世界のどれだけが人の領域で、どれだけが魔物の領域なんだろう?魔物のことを考えると心がざわざわして苦手だ。


 北へ北へと飛んでいるとふと気になる町を見つけた。

 上空から町を見る経験なんて無いんだが、どうにも引っかかるというか?まぁとりあえず降りてみるか。


 人目につかない町の外で地面に降り立ち、町を見上げたらすぐに分かった。こりゃ前世で暮らしてた町だわ。

 いやぁ懐かしいなぁ、あれからどれだけ経ったんだろう?

 2年?3年?ウェイトレスだったオルヒが魔法使いとして救世軍で立場を得るほどだから、5年位は経ってるのかも。

 町の周りの柵をぴょいっと乗り越え、町へ入って見学する事にした。


 ふんふんふふ~ん、懐かしい町を散歩するのはご機嫌だぜ。知った顔は見当たらないが、戦争で支配国が変わっちゃったからなぁ。田舎の村とかどうなったんだろう。

 町をぐるりと見て回るが本当に知った顔が一人も見当たらない。こんな事ある?5年経っていたとしてもさ、オルヒの叔父さんの食堂も、小物屋も、服屋も、外から覗いて見るものの全部別物っていうか、生活様式が少し違うのか?


 最後に冒険者ギルドへ向かったが、建物自体が無くなって更地のまま放置されていた。



 なんとも嫌な気分になって、故郷の村まで飛ぶことにした。あの頃は決死行の様な旅になってしまったが、空から行けばそう遠くはない。

 結果として、そこには誰もいなかった。故郷の村だけじゃない、あの町から先の辺境への道に人の姿は無かった。

 道はまだ残っているのに、ただの一人も見つからない。村はあるのに、植物に飲まれかけた朽ちた家が残るのみ。

 一体何があったのか?こんな所にわざわざ略奪しにこないだろう。村を捨てて移動したんだろうか?

 分からない。村を捨てた俺には心配する権利すら無いだろう。ただ、嫌な匂いだけが残っていた。




 おかしい。ただ戦争があって負けただけとは思えない。何かを見つけたくて北へ北へと進む、そうしてかつて辺境伯領と国境を接していた町へと辿り着いた。


 嫌な匂いがする町だ。そこら中からヒトモドキの匂いがする。体を小さく擬態する事で普通の野犬の様に見せて町を歩いた。

 それなりに人が居てそれなりに活動をしているが、町の人々の顔には明るさがない。そして子供が異様に少ない?

 変な町だ、気色悪い。俺って救世軍様に拾われてよかったなぁ。あっちの方がみんな断然いいぜ。

 そろそろ腹が減ってきたので、食堂で哀れに鳴いてみようか。


「クゥ~ン、オンオン」

「なんだ野良犬か。ほら、これやるから失せろ!味をしめたら次は叩き出すからな!」

「オンオン!」

 ちっこいけど肉をゲット!優しいおじさんとは言えないが、景気は悪く無さそうだ。




 変な町だが、人と会話も出来ないのでは何も分からんな。そろそろ帰ろうかと考えていたらクッサイ奴を見つけた。


 上等な服を着て、歩きながら何者かと話している中年の男。美しく整ったツラだ。くせぇ、とんでもなく臭いぜ。

 近づかずに建物の影に隠れて聞き耳を立てる。俺の犬イヤーなら聞き逃す事は無いぜ。



「ふむ、数をですか。しかしそれには対価が無いと」

「事が成功すれば余分に引き渡す事も可能だ。失敗するとしたらそれだけ質が悪かったという事だろう?自信があるなら問題ないはずだ」

「あれらに自信、ですか?あれは使い方次第です。あれだけで特攻をさせていては、いくら数があっても無駄ですよ。使い方次第です」



 男二人で話しながら歩いている。周囲には兵士?騎士?武装した6人が警護に当たっているようだ。貴族だろうか?

 何の話か分からないが、顔のいい男からプンプン臭ってくるぜ。あれは魔物の匂いだ。


 人の姿をして、人に混ざって生きて、人と取引をする魔物。一つだけ有名な種族がいる。

 吸血鬼だ。魔物の癖に魔物を食うのではなく人の生き血を啜る偏食家。魔物の中でも特に人にとって危険な天敵。

 あいつがそうなのだろうか?何をしている?



「まぁいいでしょう、渡しておきます。ただし、失敗した場合も対価は徴収しますよ」

「ちっ!その場合はさっさと戦場から持っていけ。たっぷり死人が出るはずだ」

「魔法使いに焼かれなければ、ですが」

「その魔法使いが怖くてこんな事をしているんだろう?黙って期待しておけ」

「………」


 何を渡す?死人?魔法使い?オルヒに何かしようってんじゃないだろうな!?



「やれ」

『おおお!』

 突然の合図と同時に周囲の騎士が一斉にこちらに向かってくる!バレてたのかよ!

『むん!』

 斧槍の一撃で隠れていた壁が粉々に砕け散った。固まっていたから気づかなかったがこいつも人間じゃないな。モドキか?魔物か?知らんが俺を攻撃してきたなら殺す。


「ガウゥオオゥ!」

 ぐしゃり、兜の上から噛みついて一息に砕いた。柔らかいな、舐めるんじゃねぇよ俺の敵じゃないぜ。

「ほう」

「魔獣か!?なぜこんな所に!」

「ウオオォゥ!」

 今の俺はただの犬。何も遠慮はしないし出し惜しむ事も無い。馬鹿な魔物共め、お前たちが攻撃してきたんだ、全員ここで死ね。

「オーーン!」

 チュイン!鋭い音と共に光線が走る。

 溜めのない細い光線を騎士共に直接ぶち当てた。それでも光に触れた部分から爆散する威力。ただの斧や槍を振るう下等生物が俺に敵うかよ。


「なに!?その光は!まさかお前が…!」

「グァフ!」

 ゾブリ!なんか喋ってるが容赦なく腹に喰らいつく!血反吐を吐いて死に晒せ!

 その瞬間、口いっぱいに広がる魔素を含んだ血の味。甘く蕩けるような、香ばしく鮮烈で、本能のままに全てを喰らいたくなる芳醇な香り。

「ゲェァ!」

 急いで吐き出した。食ってたまるか!もう魔物は食わねぇって決めてんだよ!


「ぐうあぁぁぁぁぁ!駄犬がぁ!」

 ぺっぺっぺっ!薄汚い吸血鬼の血なんぞ気色悪いわ!オエェェェ!

「その姿覚えたぞ!この屈辱!必ずお前に絶望を与えてやる!」

 知るか!ここで死ね!

「アオォ!」

 犬ビィィム!

 しかし男は霧の様に姿を消してしまい、ビームは虚しく貫通して後ろの建物に当たって爆発した。テヘッ、やっちゃったぜ。しかし犬に賠償責任はない。


「あぁぁ!私の屋敷が!」

 なんだこいつの家だったのか。ついでに殺そうと思ったが凄く悲しそうなので、そっとしておこう。




「ウオオォォォン!」

 勝利の雄叫びを上げて帰った。

 軽い散歩に出掛けただけで悪っぽい何かを蹴散らしてしまったな。これが世直し旅というやつか。

 我は魔犬Zirou、平伏せ魔物共。




 その日の晩。俺の元を訪れたツユは、細身の金属鎧と細剣を装備して俺を睨みつけた。

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