第19話 一緒に眠る日

『スカーレット・ランサー!』

 吸血鬼の魔法か?最初の細い針とは違う、人の腕ほどの槍が高速で飛来する。

 数が多いので大きく避ける事になる、逃げ回っていてはジリ貧だ。だが近寄るともう一匹が邪魔をしてくる。

『ルージュ・リバレイション!』

 剣を振るう度にブゥンと音を上げて大気が揺れている、体に刺さると激しい振動で傷口が破裂してダメージを広げてきやがる。あの剣は血で出来ているのか?剣そのものが変幻自在でやっかいだ。


 鬱陶しい、どちらかを早く始末しなければ削りきられるぞ。だが被弾覚悟で飛び込むと霞のように消えてしまう。厄介だぜ、しかし消えていられるのは僅かな時間と見た。どちらから先に狙うべきか……。

『どうした駄犬!これまでか!弱い弱い!弱いぞ!』

『お前を喰らった後はあの町の連中を皆殺しにしてやるぜぇ!ほら頑張ってみろ!』

 あぁそれはムカつくぜ、お前からだ!


「ゴウアァァ!」

 剣を振るう奴からだ!あいつらに手は出させん!

『スカーレット・ランサー!』

 馬鹿の一つ覚えが横っ腹に突き刺さる。いってぇが無視だ、この程度では死なん。

『ルージュ・リバレイション!』

 距離を詰めた所に打ち込まれる必殺の剣。首元ギリギリまで迫ったそれを体を縮める事で回避する。

『しまっ…!』

 遅いぜ、ガラ空きの胴体に噛みついてグシャリと砕く。そのまま地面に叩きつけ、爪を立てて半分に割いてやった。腹の中身は食ってやったぜざまぁ!

『おのれぇぇぇ!』

 まず一匹、次はお前だ。


『スカーレット・ランサー!』

 お前一匹なら対処は簡単なんだよ!

 ダン!ダン!ダン!素早く左右に振って狙いを付けさせない、苦し紛れに乱発する隙に間合いを詰め、巨鯨の尾で渾身のテールスマッシュだ!

 ドパァァン!

 地面が割れて岩が吹き飛ぶが手応えが無い。一瞬消えたな、だからなんだお前はもう終わりだ。


『図に乗るなよ畜生めが!』

 叫んでる暇があったら攻撃しろ間抜け。トドメだ、お前も食ってやる。


『甘く見られたなぁ』

 ゾブリ。突然腹の下から熱い物が差し込まれた。

『ルージュ・リバレイション』

「ギャウウウウウ!!」

 なんだ!?なぜ!?剣使いの攻撃をまともに食らって腹が爆発したみたいな激痛が走り、バケツをひっくり返したような血が溢れてしまう。……これは死ぬな。


『我々を何だと思っている。吸血鬼を殺したいならそれなりの物を持って来いというのだ』

『だが今のは痛かったぞ。あんなのは初めてだ、お前も生きたまま喰らってやるよ』



 あれで死なないのかよ。クソっ!腹を作り変えるのに時間がかかる、大穴空けやがって。

 時間があれば傷は埋められるが血を流しすぎた。力が入らないし視界も暗い、頭も回らなくなってきた。吸血鬼、舐めてたぜ。

『終わりか。他愛ない』

『食いでがあるな、ギリギリまで意識が残るように端から喰ってやるよ』

 だが舐めてるのはお前らも同じだ。

 腹の中で魔素を高める、こいつらには俺と一緒に消し飛んでもらうとしよう。

 目を瞑って最後に想う。オルヒ、幸せになれよ。ご主人は悪い男じゃないぜ。 



「次郎!諦めるな!断空閃影刃!」

『チッ!雑魚が寄ってきたか!』

「イクシス・フォルセール!」

『なにっ!?魔法使いか!魔法使いは居ないと言っていたじゃないか!!』

 ご主人!ツユも!ビームを撃ったので気づかれたか、派手にやりすぎた。引いてくれ!こいつらは俺が連れて行く!


『大した事はないな、獲物が増えただけだ』

『魔法を使いを食べるのは初めてだ!これで俺も階位が上がる!』

「舐めるなよ!」

 二人が戦っている。駄目だ、そいつらは強い、二人では勝てない。

 ちくしょう、体が動かない……、最悪だぜ。


「犬、これを飲め。最後まで戦って死になさい」

 ツユ?口の中に手を突っ込んで喉奥に何かを入れられた。馬鹿野郎、そんな事をしている暇があるのかよ。

 思わず飲み込んだのはあの時の薬草か?出血が止まり僅かに力が戻った。効き目がいいのか悪いのか、あと少しだけ動けそうだ。


『何をしている女ぁ!』

「グラーヴァス・アルヴォーク!」

 剣使いの攻撃をツユが魔法で防ぎ、攻撃を飛ばす奴にはご主人がぴったり張り付いて攻撃を続けている。しかし長くは保たないだろう、俺がなんとかするんだ。



 伏せたまま四肢に力を篭める。一撃だ、一撃で今度こそ片方を落とす!

 どちらか?ツユの相手している剣使いの方だ。平気な振りをしているが速度が落ちている、さっきの攻撃で弱ってるんだ。まずは確実に落とす!行くぞ!

「ノブタダ様を守れ!」

 んな!?吸血鬼共がこちらを見る。俺が動けるのがバレた、もう行くしかねぇ!

「ガァァァァァ!」

 ご主人と戦っている攻撃を飛ばす奴だ!背中から飛びついて頭を咥え込む!

『離せぇぇぇぇ!!駄犬ぎゅ…』

 頭を噛み砕いて首を捻り切ってやった。だがまだだ、このままビームで欠片も残さず消し飛ばしてやる!


『まずい!どけ!』

「ぐぅっ!」

 ツユが吹き飛ばされて剣使いが向かってくるのが見えた。やるならやれ、だがこいつはこのまま確実に殺す。

「次郎!止めを刺せ!」

 ご主人が剣使いの前に立ち塞がってしまう。やめてくれ!相性が悪い!


『邪魔だ!』

 剣使いの攻撃をご主人が受け止めた。駄目だ、その剣は曲がるんだ!

「なにっ!?」

 剣が曲がってご主人の首を狙うのが見える。咥えた吸血鬼を投げ捨ててご主人を突き飛ばした。

『いいぞ!もらった!ルージュ・リバレイション!』

 無防備な背中に必殺の剣が入ってくる。


 背中が爆発する。声は上げない、お返しに至近距離で最後のビームを発射してやった。

「ゴアァァァッ!!!」

『それはもう何度も見たよ!』

 体が霞んでビームがすり抜けてしまう。くそっ、駄目か。


「ソルタラクス・イリュミナシオン!」


 聞き慣れた声が響く。同時にニヤけた吸血鬼が炎に包まれた。

『ギャアアアアアアアアア!!なんだこれは!この炎は!?』

 効くだろう?体内の魔素を燃料にして燃え上がる魔炎、魔物への特効魔法だ。ざまぁ見やがれ。

『燃える!燃えてしまう!モルカート!助けろ!モルカート!』

 そうだ!あいつは!



『スカーレット・ランサー!』

 復活して味方ごと攻撃してきやがった!お前如きにこいつらをやらせるか!

「オォォォン!」

 精一杯体を大きくして的になる。貫通しないように力を込めて受け止めた。

 ドスドスドス!何本もの魔法が突き刺さる。だが既に痛みもほとんど無い。

「リェシン・カルトヴァ!」

 ツユが攻撃しているのが見える。無理をするな、オルヒの魔法を当てれば倒せるはずだ。


「ジロウくん!」

 オルヒよ、来てしまったか。すまん、かっこよく全部倒すつもりだったんだが。

「次郎、よく戦った。見事だぞ!」

 一言告げてご主人は走っていった。ありがとうよ、ご主人もかっこよかったよ。

 疲れた、もう動けない。まぁ、頑張った方だろう。三人が生き残ってくれたならそれでいいさ。



「頑張ったね」

 オルヒが顔を撫でてくれる。穏やかだ、俺はまた生まれ変わるのかな?それでもオルヒとはもう会えないだろう。もしかしたらお婆さんオルヒなら会えるかも?

 最後に世界一可愛いお前の顔をよく覚えておこう。ちょっと笑ってくれんかな?



 ぐちゅり。嫌な音がしてオルヒの胸から黒い腕が生えた。

『魔法使いぃ!お前を食えば俺は!』

「げぼっ!」

 オルヒの口から真っ赤な血が吹き出して俺に降りかかる。

 その後ろには、真っ黒な燃え滓の様な姿で赤い目を光らせた吸血鬼が立っていた。

『オルヒ!オルヒしっかりしろ!』

 オルヒが危ないのに体が動かない!逃げてくれ!生きろ!

「あ、あんちゃん?」

『オルヒ逃げろ!ツユが薬を持っている!』

「あんちゃん、またね……」

『オルヒ!駄目だ!オルヒ!』


『はははは!こいつを食えば…』

 ばくり。俺はオルヒを飲み込んだ。お前にこいつをくれてやるものか。

 腹に入った瞬間に溶けて消える体。もうオルヒはどこにもいない、誰も触れることは出来ない。


『ば、ばかな…こんな……』

 絶望したか。膝をついて倒れて今度こそ動かなくなった。



 オルヒを殺したのは薄汚い吸血鬼じゃない、俺だ。オルヒを食べたのも俺だ。前世では俺が燃やされたしな。許してくれるだろう。

 一緒に眠ろう。俺ももう目覚めなくていい。ずっと一緒だ。


 最愛の娘と一つになり、俺は幸せの中で死んだ。

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