第16話 吸血お嬢

「犬、これはどこで手に入れた?」

 ツユに詰められている。嬉しかったから家に帰って披露しちゃったのが運の尽き。そりゃワンコが自力で薬作るわけ無いわな。


「アウオウアウオワン」

 自分で作ったんだよ、薬草も自分で育てました!

「何を言ってるのか分からない。この薬は大変な物です、まだ手に入るのか?」

 ぶんぶん頭を振る。もう実験は済んだし面倒だからやらないよ。


「ふむ、これは受け取りましょう。いい働きです」

「アオ!?」

 持ってかれてしまった。俺の努力の結晶が……あんなにがんば…いやそれほどでもないか。遊びみたいなもんだし別にいいんだけど、何かあってもノンクレームでお願いします。






 実験は終了したので翌日からはひたすら魔物狩りに勤しんだ。

 奥に進む程に強力な魔物が生息しているが、日帰りで行ける範囲は限られてしまって歯がゆいぜ。一体どれだけ広いんだろう?羽を出して空を飛んでも終わりどころか変化すら見えない広大な魔物領域。これはガチで人間の領域が世界の片隅でしかないのかも。


 人間領域との境界にはゴブリンや魔物化した獣が生息していて、少し入るとゴリラ・化けきのこ・二足歩行のコボルトなんかが居た。最近ではそこから更に飛んで1時間の距離、人間領域で言うと国を一つ超えるくらいの距離を進んだ辺りで狩りをしている。

 普通の木に擬態している木の化け物、人間の3倍サイズの鬼、羽を生やして鰐の尾を持つ虎とか、かなりファンタジー色の強い魔物が出るようになった。


「ガルアァァ!」

『シャアアア!!』

 現在も羽の生えた蛇と激しい戦闘中。手も足も無い癖に動きが早い奴だ。

「アオオォォ!」

 必殺犬ビィィィッム!

『ジャ!』

 犬ビームの横薙ぎをジャンプで回避して逆に真っ直ぐ飛び込んできた!高速で迫りくる一本の槍を幻視する!

「ガァァァァァァ!!」

 ぐしゃり!

 音速を超える速度で飛び込む蛇に対して正面から噛み砕いてやった。口の中にはビッシリと鮫歯を生やして文字通り食い止める。

 頭を失ってくたりと萎れる蛇の体。恐ろしい敵だったぜ。


「ゲヘッ!ベッベッ」

 急いで口の中の頭と血を吐き出した。正直言って美味しい、一度食べしまったらもうやめられないと思う。

 最近はちょっとくらい大丈夫なんじゃないかなぁという誘惑がきついんだ。薬草実験によりある程度の耐性がある事が分かっているし、この優秀ワンコボディなら少々食っても平気なのでは?でも食い始めたら少々で済まない自信があるので我慢。




「それ、いらないなら頂戴」

「アオ?」

 突然の声に振り向くと、そこには豪奢な服を着た少女が立っていた。

 何者?決まってる、魔物だ。じゃあ何も遠慮する必要はないな。


 えふん!げふんげふん!

『娘よ、吸血鬼か』

 ちょっと雰囲気を出して発声してみた。やろうと思えば出来たんだよ、でもやっぱ人間はびっくりしちゃうと思うんだよね。あと最近の魔物狩りで力が増して自由度が上がったのもある。


「そうだよ。それ食べないなら欲しいんだけど」

 ふむ……。とりあえずぽいっとくれてやった。

「ありがと」

 短く礼を告げ、羽蛇を拾い上げてガブリと食いついた。

 それほど大きく無いとはいえ、人間の足くらいの太さで長さは5メートルくらいか?頭を失ったそれをガブリガブリと噛み砕き腹に収めていく様は圧巻だ。


「けっぷ。ごちそうさま」

 ぼけっと見ている間に全部食っちまった。この世界に大食い選手権があれば大食いギャルとして大人気間違いなしだろう。

 吸血鬼ってこんなに食うの?魔物を沢山食う奴は魔素を凝縮した強いやつだ、町で見た吸血鬼とはまるでレベルが違う。小さな体に満ちた凄まじいエネルギーを感じる。


『吸血鬼は人間の血を吸うのでは無かったのか』

「ん?よく知ってるね、あれはとっても美味しいのよ。でも滅多に飲ませてもらえないの、自分で収穫に行くのは下品だって言うのよ」

 あぁそういう位置づけなのね。食い荒らさないのは資源保護の観点なのかな。

 この娘を御している存在。親や家族?あの服は魔物が作ったのか?ちゃんと文化を持っているんだな。これは人間さん終了のお知らせですね。



「あなたの事も教えてよ。どうして蛇を食べなかったの?」

『……魔物は食わぬ』

「うん?…魔物ってなに?」

『魔を宿した生物だ』

「あなたも?」

『我は魔物にあらず』

「ふぅん……。でもあなた、とっても力強い感じがする。美味しそうだけど、今の私じゃ勝てないかな」

『………』

 俺もそう思う。こいつには勝てるだろう、だがこいつは社会の一員だ。こいつを殺すと言うことは吸血鬼の社会と戦うのと同じ。今の俺では手を出せない。


「気に入ったわ、私が強くなったら戦いたいわね。また会えるといいけど」

『………』

 生意気言いやがって魔物風情が、今すぐぶっ殺されないのはお前の力じゃないんだぞ。

「じゃあ死なないようにね」

 少女が去っていく。周囲にも幾つか似た気配があるのは仲間か?

 今戦っていたらどうなっただろう。久しぶりに脅威を感じたな。






 魔物を食わなくても力は付く。だが食えばもっと力が付くはずだ。今まで敵が居なかったせいでちょっと甘えちゃってたかな。舐め腐って下に見ていた吸血鬼は俺の手には負えない種族のようだ。

 広大な魔物領域、その奥に潜む化け物たち。戦う道もあるし、目を背けて関わらずに生きる道もある。


 人の中で今まで通り生きるか、魔物として強く生きるか、どちらかを選ぶしか無いのだろうか。

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