第2話
「じゃあクロエ! 今日も一緒にお勉強しよー!」
クロエを居間の椅子に座らせると、ソフィーもまた隣に腰かけてペンを手に取った。この国では十二歳になると学園に通える。彼女も今のうちから基礎的な知識を身に付けておくため、こうして勉強するのが日課となっていた。
「お? ソフィーがやる気なんて、これから嵐になりそうだな」
冗談めかして言うのは、ソフィーの祖父であるエリオット・キャンベルだ。すっかり白くなった髪に口髭を蓄え、垂れ目がちの瞳は藍色――人の良さそうな七十過ぎの男性だ。
「えー! ひどい! いつも真面目にやってるもん!」
ソフィーはリスのように頬を膨らませた。エリオットは「そうだな、すまんすまん」と笑い、テーブルを挟んだ向かいの椅子に座る。腰を痛めてから店は娘と従業員に任せ、今は入学までソフィーの教師役を務めていた。
クロエがキャンベル家に来てから、早くも十日になる。ソフィーの母親はモニカ、祖母はマギーという名前であることも知った。ちなみにモニカは栗色の髪に藍色の瞳をしている。
初めは戸惑ったソフィーとの添い寝も、今ではずいぶんと慣れてきている。彼としては実に複雑な心境ではあるが。
(毎日同じ屋根の下で暮らしてるから、もう妹みたいなものだし……いつまでも気にしてる方がむしろおかしい、よな? うん、そういうことにしよう)
と自分自身に言い聞かせていたのも、効果があったのかも知れない。
この十日間のうちに、クロエもある程度の知識を得ることが出来た。
まずクロエがいるのはハローラン王国の最南端にあるリシューという貿易が盛んな港街で、市場には多種多様な露店が並び、国外からの観光客も跡を絶たない賑わいを見せている。
そんなハローランの同盟国に西のゼメキス王国があるが――どうやら近頃、雲行きが怪しくなってきているようだ。
それというのもロイスの手記で触れられていた、リシューの市場で起きた病原体による感染――それを持ち込んだとされているのが、ゼメキスからの観光客だからだ。
ハローランの主張に対しゼメキス側はとんだ言いがかりであると反論。同様の症例はあるものの、かの観光客と生活圏が重なっておらず、また感染の疑いがある者と接触した事実も確認できないため今回の件とは無関係と言い放った。互いの意見は平行線のまま、未だ解決には至っていない。
もし両国の関係が悪化すれば、同盟の破棄に貿易規制および有事の際の支援も受けられなくなる恐れがある。
(それだけは避けたいだろうに……水掛け論より他にするべきことがあるんじゃないか?)
シャーウッド家崩壊の原因こそ、その病原体にある。クロエとしても、この件は他人事のように考えられない。
とはいえ今の自分に何かが出来るわけではなく、歯痒い思いをするばかりだった。
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