第13話

 イザークは仕事が見つからず、困り果てていた。

 護衛中の移動なら馬車代も浮くし、報酬は次の街での宿代や酒代の足しになる。

 

 それなら仕事を選ばなければいい話だが、強面でしかも隻眼という、特徴的な外見では仕事が限られ、脅迫や暴力を伴うものばかりだ。稼げるなら何でもするわけではない。

 だからこの間持ち掛けられた『殺しの依頼』を惜しむ気持ちはなかった。獣人ではあるが――いや獣人であるからこそ、『人の道』を外れるつもりはない。彼には彼なりの矜持がある。

 

 護衛も賊や獣と遭遇することはあるが、自衛もしくは他者を守るためなら、力を振るうことは厭わない。

 この日も裕福そうな旅行者などに当たってはみたものの、やはり彼の見た目で怯んでしまい仕事を得られず終いだった。第一印象の重要さを、身にしみて感じている。


 「.........?」


 宿に帰ろうかというとき、イザークの眉間に皺が寄った。行き交う人々の汗や酒の匂い――それらに混じって、微かに別の匂い。それだけ明らかに異質な匂いを、イザークの鼻が捉える。


 (血の、匂い......?)


 独特の鉄臭さ――母国では、、、、嗅ぎ慣れた匂い、、、、、、、。間違いない。


 誰か怪我でもしたのか? 医者は必要だろうか?


 イザークは宿に続く道を逸れ、血の匂いがする方へと向かった。

 酒場が見えたが、匂いの元はここではない。酒場の前から左手に折れ、更に歩いていく。匂いは次第に濃くなってくる。

 人気がなくなってきたあたりで、イザークは足を止めた。


 「こいつは......」


 イザークは険しい視線を、匂いの発生元に据える。


 地面に、血痕が残されている。まだそう時間は経っていないようだ。点々と、人気のない路地の先へと続いている。

 出血は夥しく、その人間が深手を負っているのは間違いない。襲撃者の殺意がうかがえる。


 先日、チンピラが持ち掛けてきた《依頼》のことが頭をよぎる。飲食店放火の犯人を始末してほしい、という物騒な依頼。

 もしこの血痕の主が、その放火犯なら――もししこの襲撃が、かの依頼を受けた者の仕業だとしたら――。


 (......オレには関係ない。だが――)


 ふと思う。こんなとき、あいつ、、、ならどうしただろうか、と。


 あいつ――シアンは、考えるより先に体が動くやつだ。おそらく自ら首を突っ込むだろう。その性格のせいで、常に生傷が絶えなかった。


 シアンは普通の人間で、イザークにとって初めて《友》と呼べる存在だった。

 力を求め、誰よりも強くなると言って憚らなかった。

あいつは今どこで何をしているだろうか? そもそも生きているだろうか? あの頃よりもっと強くなれただろうか?


 強くなったとしても、それはあいつが、、、、望んだ強さ、、、、、ではない、、、、だろうが。


 頭を振り、直面している現実へと思考を切り替える。


 (オレは、あいつとは違う)


 イザークはシアンではないし、シアンのようにはなれない。彼には彼のやり方がある。

 あいつなら――と考えるなど、自分らしくもない。


 (無闇に深入りするのは、身を滅ぼす......)


 それが、イザークが出した結論だった。


 この時間でも、まだ衛兵は街の見回りをしているはずだ。彼らに知らせて、後のことは任せればいい。

 踵を返し、イザークは衛兵を捜しに行く。もやもやしたものを、胸の内に抱えながら。

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