第4話

 「ところで、君の名前は何ていうのかな?」 


 男はソフィーの目線の高さに合わせるように身を屈めた。ほのかに甘い匂いがするのは、香水でもつけているのだろうか?


 (それにしても、めちゃくちゃイケメンだな)


 髪と瞳の色こそソフィーと同じではあるものの、顔の方はあまり似てはいない。

 それでも色白できりっとした目元に、鼻筋も通った爽やかな印象の美形だ。

 とはいえどうせ拝むなら美女が良かったというのが、クロエの元男として正直な感想だった。


 「し、知らない人には教えちゃダメだって……」


 先程よりも強く、ぎゅうとクロエを抱きしめながらソフィーは答えた。男のことを警戒しているようだ。

 彼女はそもそも人見知りで、友達と呼べる存在もいないため、会話もそれこそ家族などごく一部の相手に限られていた。


 「そっか……そうだよね。言われたことをちゃんと守ってるなんて、良い子だね君は」


 男は感心したように頷く。


 (なんか胡散臭いんだよな……)


 クロエには男の微笑が作られたもののように見えて、何を考えているのか本心がまるで窺えない。


 「あ! いた! ソフィー!」


 人混みを搔き分け、マギーが姿を現した。息を切らして、額に汗が滲んでいる。


 「おばーちゃんっ!!」


 祖母を見つけるなり、ソフィーは彼女に駆け寄る。


 「もう、あなたって子は……心配かけて」


 「ご……ごめんなさい……」


 べそをかいている孫娘を叱る気も失せたようで、マギーはそっと優しく彼女の頭を撫でる。


 「なるほど。お祖母さんと一緒だったんだね」


 男の言葉にマギーはそちらに向き直り、


 「孫が世話になったようで……すみません」


 「いいんですよ。無事に会えて良かった……それでは、僕はこれで」


 「ええ。ありがとうございました」


 男は穏やかに微笑むと、二人に背を向けて去っていった。







 口元が緩み、つい鼻歌が漏れる。足取りも軽く、気分はすこぶる良い。


 そんな男の姿に、通りがかった女性たちは皆、目を奪われる。うっとりと己を見つめる視線に気付かないのか、当然のことだと受け止めているのか、男は脇目も振らず、颯爽と歩いていく。


 男の脳内は今、別れたばかりの幼い少女のことでいっぱいだった。今日このとき、世界中の誰よりも自分は幸運な人間だと、つくづく思う。

 こんな出会いを与えてくれた神に、最大限の感謝を捧げたい。


 (僕と血の繋がった、僕の娘だ。僕が僕の子供を見間違えるなんて、そんなことありえないんだ……絶対に)


 だからこそこの機会を、決して逃すわけにはいかなかった。

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