第9話
必要なものは金で手に入れ、邪魔なものは金で排除する――それがサムウェルのやり方だ。
探せば汚れ仕事を請け負ってくれる者はいるし、代わりに罪を被ってくれる者もいる。こちらに都合の悪いことは金を掴ませて黙らせることもできる。何か問題が起きる度、金で解決してきた。
ただ一つ、母を救えなかったことを除いて。
金は万能ではないが、この上なく頼りになる。金でどうにもならないことはどうにもならない。それこそ、神でもなければ。
夜が更けたのを見計らって、サムウェルは宿から出た。周囲に人の気配がないか注意しつつ裏手に回る。
路地に通じる石壁に、人影が凭れている。三白眼に隙っ歯の、見るからにチンピラ風の男だ。
「はい、報酬だよ。ご苦労さま」
サムウェルは男に近づくと、懐から取り出した小袋を男に渡した。男はへらへらしながら、約束通りの金額か小袋の中身を確認していく。誰かに目撃されないうちに済ませたいサムウェルは、内心イライラしながらその様子を眺める。
キャンベル家の経営する店で騒ぎを起こし、悪い噂を流布して店の評判を落とすこと――それが男への依頼内容である。おかげで客の出入りは随分と減っているようだ。
それもあの娘、ソフィー・キャンベルを手に入れるために必要なことだ。案の定、モニカは店のことにかかりきりで、娘に構う余裕がない。
ソフィーも口には出さないまでも寂しく感じているようで、サムウェルと過ごす時間もより増え、順調に仲良くなってきている。自分が実の父親であることは、まだ伝えてはいない。
モニカがかつて捨てた元妻だということは、ソフィーの実家が飲食店だと知るまで思い出すこともなかった。サムウェルのモニカへの気持ちなど、その程度でしかない。だから平気で、このような卑劣な手段を取れる。
店のことでいっぱいのモニカは、まさか元夫がこの街に来ていて、娘と親しくしているなど思いもしていないだろう。もし気付いていれば、二人を絶対に会わせようとはしないはずだ。
サムウェルはモニカの意思になど、まるで興味はない。彼女が抗おうと、金と手段さえ選ばなければ何の問題もない。
無力な人間は、どう足掻いても無力なのだ。幼き日のサムウェルに、母の病を治す力がなかったように。
なるべく気配を殺すよう心掛けて、クロエは宿から離れた。サムウェルと怪しい男のやり取りは、物陰から一部始終窺った。
渡していた金が何を意味するのかは分からない。ただ確かにサムウェルは、良からぬことを企んでいる。それがソフィーと関係あるかはともかく、引き続き目を光らせておかなければ。
(早く帰らないとな……)
足を進めるうち、クロエはふと首を傾げる。そのまま歩いていると目を見開き次第に足早に、ついには人目を気にせず走り出した。
「まさか、まさか……!」
人だかりが見える。誰もが皆、一点に目を奪われていた。足を止めたクロエも、彼らと同じものに目を向けたまま、立ち尽くす。
「嘘、だろ……こんな……」
キャンベル家の店が、燃えていた。
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