第6話 ロイス・シャーウッドの手記(後)
クロエの苦しみを、全てこの身に引き受けてやりたかった。
代われるものなら、代わってやりたかった。
この命をくれてでも、娘にはまだ生きていてほしかったのに。
これからまだ楽しいことが待っているはずだった。様々なことを経験し、学ぶこともあったはずだった。
なぜクロエだったのか? なぜ私ではなかったのか?
あれから、ずっと問い続けている――答えの出ない問いを。
後から知ったことだが、クロエを死に追いやった病原体は、どうやら余所から訪れた者によって齎された可能性が高いらしい。
過去に同様の病原体による症例が国内で報告されていないこと。エリナが普段、買い物をしている市場の店主や常連客を含めた十数人の感染が確認されて、その中に他国の人間がいたこと――以上の二つが、この説を裏付ける結果となった。
クロエがいなくなってから、エリナは塞ぎ込むようになった。以前のように笑顔を見せることはない。
周りの慰めも励ましも、彼女を元気づけようとするどんな言葉も、彼女には何の意味もなかった。
エリナにとって重要なのは、自分が家に持ち込んだ病原体で娘が死んだ――その事実だけだった。
当分の間、エリナは両親の元で暮らすことになった。その方が、彼女にとっていい。娘の面影が残るこの家から、暫く離れた方がいい。
いつか彼女が自分自身を許せる日がくることを、心から願わずにいられない。
家に一人になった私は、クロエの人形を作ることにした。私の中にあるクロエの想い出を――クロエの姿を、この手で形として刻み付けておきたかった。
私は工房に籠り、作業を始めた。より精巧に、より本物らしく。記憶にあるクロエを、より完璧に再現することに集中した。
いつ食事をして、いつ眠ったのかも定かではない。時間の流れすら、把握していない。
やがて人形が完成したとき、家の扉が叩かれた。開くとそこには義母がいた。
「ごめんなさい、エリナはこっちに来てる?」
来ていないと告げると、途方に暮れた様子で、
「家からいなくなってるのよ……」
私も外に出て、一緒にエリナを捜した。彼女の行きそうな場所など手当たり次第に見て回ったが、どこにも彼女の姿はなかった。
後日、エリナの部屋から遺書が見つかった。風に飛ばされ、見つけるのが遅れたらしい。
自分のせいでクロエが死んだのに、こうしてまだ生きていることに耐えられない旨が、そこには書かれていた。
娘どころか妻さえも、私は救うことは出来なかった。
これまで精神的に踏み止まっていられたのは、私にはまだエリナがいたからだ。
唯一の希望すら失った私の、生きる意味はどこにあるというのだろうか?
二人の後を追おうとしたが死に切れず、後遺症で下半身に麻痺が残っただけだった。
「クロエ……私は、どうすれば良かった?」
問いかけても、目の前の人形は答えない。
今、手元には密かに入手した一粒の錠剤がある。これを飲めば、二人のところへ行けるだろうか?
こんな私を、二人は迎え入れてくれるだろうか?
ペンを執るのも、これで最後になるだろう。
疲れてしまった。もう休みたい。
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