第二章

第1話

 朝になった。新たな一日が始まる。 


  「……………」


 クロエはベッドの中で一晩中過ごした。眠る必要がないクロエにとっては、ただ形だけ横になっているに過ぎないが。


  「んん……むにゃむにゃ……」


 ちらりと横目で隣を確認する。


 (えっと……)


 至近距離に淡い金髪の、まだあどけない少女の寝顔があった。彼女の寝息が、先程から頬をくすぐっている。


 (どうして、こうなった……?)


 クロエが今の体に転生してから、短時間で色々なことが起こりすぎた。少しくらい休ませてくれてもいいのと思う――精神的な面で。







 泥棒が去った後、白服を纏い帯剣したいかにも『異世界の衛兵』といった男たちの訪問によって、ロイスの死体は発見された。夜が明けると、今度は見たところ六十代後半~七十代前半程の温厚そうな女性が、衛兵に連れられてやってきた。


 女性と衛兵の会話で、彼女がキャンベル家の人間だと分かった。


 その後クロエは女性によってお持ち帰りされ、家にいた小さな女の子の手に渡り――現在の状況となるわけだった。


 昨夜のやりとりで、クロエを持ち帰ったのはエリナの母親。もう一人、三十代前半程の女性はエリナの妹であるらしい。


 そして今、クロエの隣で寝ている子は彼女の娘――ソフィーという。


  (……思い返すと、目まぐるしいな)


 そんなことを天井の木目を眺めながら、頭の中で整理する。現実逃避も兼ねて。


  (ところで、いつまでこうしていればいいんでしょうか神様?)


 年端もいかない幼女と同じベッドで過ごす――中身男子高校生のクロエにとって、どう考えても問題しかない状況だった。存在するかも分からない神に、つい敬語で話しかけてしまうくらいには動揺している。


 いくら今のクロエが人形だからといって、現代日本の倫理観までなくなるわけではないのだ。


 「そろそろ起きましょう。ソフィー」


 神の代わりに、救世主が現れた。ソフィーの祖母だ。白髪まじりの鳶色の髪にはしばみ色の瞳。エリナの容貌は母親譲りのようだ。


 「ほらお寝坊さん、朝ですよー」


 ゆさゆさと体を揺するもソフィーは、


 「んー……もうちょっと……ちょっとだけ……」


 と、起きる様子がない。


 「しょうがないわね……奥の手を使うとしますか」


 悪戯っぽくにやりとして掛け布団を剥がす。何をするかと思えば、孫娘の体に両手を近づけ、こしょこしょとくすぐり出した。耐えられずソフィーは「きゃははっ」と身悶えして笑う。


 「も、もう……やめてよぉ。おばーちゃん」


 「やっと起きた。さ、早く顔洗って着替えておいで。ご飯冷めちゃうから」


 「はーい」


 ソフィーは大きく伸びをし、澄んだ青い瞳をクロエに向けると、


 「おはよー。クロエ」


 彼をそっと抱き上げる。


 こうして、キャンベル家でクロエの新しい日々が始まるのだった。

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