第7話
男は度々、ソフィーの前に姿を見せるようになった。大きな街ではないし外出するにしても場所は限られる。歩いていれば偶然出会うこともある。
名前はサムウェル・パターソン、職業は《調香師》。この街には用があって偶然訪れたらしい。
交流を重ねるにつれ、ソフィーも段々と気を許すようになった。それに従い共に過ごす時間も長くなっていく。遊びに出かけるにもマギーの齢では荷が重い。彼女にしても若いサムウェルが相手をしてくれるなら助かるのだろう。
今だ警戒を解いていないのは、クロエくらいだ。最初に会ったときに感じた、本心が窺えない胡散臭い印象が、いまだ拭いきれない。
とはいえ印象はあくまで印象でしかない。偏見と言われたら返す言葉はない。なので今のところは様子見に徹するのに留まっている。
(分かってるけど、なんかもやもやするんだよな……)
何もしないというのも落ち着かない。サムウェルについては探っておきたいところだ。問題がなければ、それはそれで安心できる。
サムウェルが滞在している宿なら知っている。彼自身がソフィーに伝えるのを一緒に聞いていた。
昼間はソフィーと過ごしているため、行動を起こすなら夜になるだろう。ソフィーが寝入ったところを起こさないよう、こっそり抜け出す――言うは易し、ではあるが。
(ああ……それと変装も必要か)
明らかに人形と分かる特徴は隠さなければならない。球体関節部分を覆う袖と裾が長い服に手袋、帽子があれば尚いい。出歩くときはなるべく人目につかず、灯りの届かないルートを選ぶ。
(危ないけど、衛兵に見つかるわけにもいかないしな)
しかもだいぶ遠回りになるが仕方がない。犯罪者に狙われないことを祈るばかり。体は人形だが心は人間なので怖いものは怖いのだ。
「あぁ!? 何だぁこりゃ!? どういうことだおいっ!!」
突然、店内に怒声が響く――だがモニカは今、料理の盛り付けをしているため手が離せない。
「店員! こっち来いよ! 早く来いって!」
「な、何かありましたか……? お客様?」
従業員の女の子の怯えた声が聞こえる。
「これさ、何に見える? スープに入ってたんだけどよ?」
「虫……ですか?」
「そうだよなぁ虫だよなぁ? 俺の見間違いじゃねぇよなぁ?」
「は……はい」
「気付くの遅けりゃ飲んでたとこだぜ。何でスープに虫なんて入ってんだ? そういう料理じゃねぇよなぁ?」
「ち、ちが……違い、ます……」
「あ? 聞こえねぇぞ店員?」
「違います……」
威圧的な態度で客は責め続ける。早く助けに行きたい。
そもそも虫が入るなどありえない。自分も従業員も皆、細心の注意を払っている。少なくともあの客に提供されたスープは、自分が確認した限り異物など混入していなかった。
「で、でも……虫なんて……私ちゃんと見て……」
(あ、ダメっ……!)
クレーマーの対応として、反論は悪手だ。まずいことになってきた。
「あぁ? 俺が嘘吐いてるって? 現にここに虫がいるじゃねぇか!? それともおれが自分で虫を入れたって言いてぇのかよ!?」
「い、いえ……そんな、そんなことは……あ……あの……申し訳ありません」
「気ぃ悪ぃなぁ。どう責任とってくれんだ? この体でか?」
「ひっ……! やめっ……やめてくださいっ……!」
がちゃん、と物がぶつかる大きな音。急いでモニカは調理場を出て客席に向かう。見るからにガラの悪そうな男が、左腕を抑えている。
「痛ってぇ……客に暴力振るうのかよぉ!! ここの店員はよぉ!!」
男は唾を吐きながら喚き散らす。おそらく体を触られた従業員が、反射的に男を突き飛ばしたのだろう。
「私がこの店の店長をしております。彼女に代わり私がお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
顔を青くしている従業員を下がらせ、モニカは男と向き合う。男は「あん?」と彼女に凄む。
「どうもこうもねぇよ! ミスを客のせいにした挙句暴力かよ! どんな教育してんだおい!」
興奮して会話にならない。そうでなくても話を聞く気があるか怪しいが。
「国民性ってやつか! 感染症だって
「…………っ」
思わず言葉を失う。男はゼメキスから来た人間らしい。
「ほんとクソだな
言いたいだけ言って、男は店を出て行った。おかげで店内の雰囲気は最悪だ。
常連客の中にはゼメキス出身の人間もいる。今後の営業に影響が出るかも知れない。
それが男の目的だろうか? この店に何の恨みがあって?
(ここまでくるのに必死で頑張ってきたのに……どうしてこんなことに……)
先のことを考えて、モニカは暗澹たる気分にならざるを得なかった。
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