二章 イヴとグランツ②

「あの……グランツには申し上げにくいことがございます。私の生家――リセッシュ家の“魔法”についてです」

「……!」

 単刀直入に“魔法”の件について切り出すと、グランツの目の色が変化した。真っ直ぐに此方を見据えながらも言葉を遮ることなく続けるよう促しているかのようだった。

「私は……リセッシュ家の魔法が使えません。いいえ、憶えるための才覚がなく、何一つ身につけることができませんでした」

 解ってはいる。解ってはいたとしても、改めてその事実を自らの口で語るのはイヴにとって辛いものがあった。それでも偽ることなく告白する。

「こんな私でも、ファブリーゼ家にいていいのでしょうか……っ」

 不安を、疑問を、ぶつける。

 自己否定をしながらも内心何処かで受け入れて欲しいと願う自分がいる。『いてもいい』という言葉が欲しい。そうでなければ、不安でどうにかなりそうだった。

「……落ち着くんだ、イヴ」

 グランツはコクリと一口だけ紅茶を口に含み喉を潤わすと、静かな声でイヴの名前を呼んだ。

「リセッシュ家の魔法の有無など関係ない。……私はイヴ、キミのことを初めて耳にしたときから気になっていた。一目見ることができないかと、社交界にも顔を出して見たがなかなか会える機会は訪れなかったね」

「……っ」

 その言葉に、申し訳なさからズキリと胸が痛む。

 リセッシュ家にいた頃は、社交界に出ることなど許されなかった。家で一人本を読んで引きこもることしかできなかった。なのにグランツは、そんなイヴじぶんを捜していたのだという。

「嗚呼、その件に関してイヴを責めるつもりなど毛頭ないよ。リセッシュ家の采配であることは容易に想像できたからね」

「…………」

「――だからね、イヴ。イヴはこの屋敷にいてもいいし、今こうしてキミと会うことができて私はとても嬉しいんだ。イヴはどうだい?」

 優しく問いかけてくるその口調に、緊張していた身体が弛緩していく。

「嬉しい、です。グランツと……お会いすることができて。こうして、お話ができて」

「そう……それなら、良かった。――さあ、涙を拭きなさい」

「え……?」

 グランツから言われて初めて、視界が滲んでいることに気がついた。絵の具を溶かした水のように視界は色が滲み、頬にはポタポタと温かい雫が伝い落ちている。

 止めたくても止まらないソレを、グランツはそっと立ち上がり隣に立つとハンカチで優しく拭ってくれた。 

「イヴの瞳はシュヴァルツ真珠ペルレのようだね。髪の色と相まってとても美しいよ」

「え……」

 初めて褒められた容姿にイヴは狼狽えた。

 今迄、イヴの中にある自分の印象というのはシュヴァルツシュヴァインなのだ。まさか褒められるとは思っていなかったのもあり、感情が抑えきれなくなったイヴはそっとグランツの手を握った。

「……グランツは、私でいいんですか? 契約結婚とかじゃなくても……」

「契約結婚? 嗚呼、一部の貴族達の中にはいるようだね。そういうことを好む者が……。だが、グランツ・フォン・ファブリーゼ家の当主として宣言しよう。私がキミのことを裏切るようなことも、契約で縛ることもしない。私はイヴと正式な夫婦でありたいと思っているんだ」

「正式な……夫婦……?」

(グランツと私が婚約する? 契約結婚などではなくて、正式に……?)

 そんな幸せがあっていいのだろうか。

 それは信じ難い言葉だった。

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