二章 イヴとグランツ⑪
「――グランツ様? 如何されましたか」
「……なんでもない。少し昔のことを思い出していた」
セレンディバイトから声を掛けられると、ポツリと懐かしい思い出を思い出していたと呟く。あのあとグランツは両親に叱られたしオブシディアンには散々迷惑を掛けたことを思い出しながら、リセッシュ家の資料を封筒に収めるとテーブルの引き出しへと閉まった。
その時、ボーンとディナーの時間を知らせる時計の鐘の音が鳴った。
「もうこんな時間か」
「リセッシュ家につきましては、もう少し調査を進めます」
「宜しく頼む」
セレンディバイトにそれだけ言い残すと、グランツは執務室を後にした。
身嗜みを整え準備ができるとシンシャに引き連れられる形で、私はディナーの場へと足を踏み入れた。
眩く光るシャンデリアに白く長いテーブルクロスの上には既にいくつかの料理が載っている。
中には見たこともない果物が積まれた器もあり、密かにイヴは心を躍らせた。
「イヴリース様、もしかして果物がお好きなのですか?」
「えっ、ええ……? ど、どうして分かったんですか」
「なんとなく。果物を見つけた瞬間、とても興味深そうな表情をしていらしたので」
「あぅ……。は、はい……リセッシュ家では食べるものが限られていたので、その、果物も含めて私にとって贅沢品なんです」
今はグランツの姿もない。
生家の悪口というものはあまり言いたくないが、どうしても『食』に貧しかった身としては、喜びが湧き上がってきてしょうがない。
リセッシュ家では、家族と共に食事を摂ることはなかった。他の使用人の食事よりも乏しい料理を敢えて与えられていた。
「料理は、シェフのキースさんのお陰で野菜のスープが美味しくて硬くなったパンもスープに浸すと何とか食べられたんですよ。果物は庭の木苺の余りなんかを見つからないように分けてもらえて……」
「…………」
懐かしいと瞳を細めるイヴの様子を傍らにいたシンシャは静かに耳を傾けていた。それから、そっとイヴの肩に手を添えると席に座るようにと促された。
「今日はシェフも腕によりをかけて作っております。きっとイヴリース様のお口に合うものがたくさんあるかと思いますよ」
「……あの。温かい食事が楽しみだなんて、意地汚く思われないでしょうか」
「とんでもございません。食べた感想も是非伝えてあげてください。シェフも喜ばれますよ」
「……随分と楽しそうだな」
「グランツ……!」
その時、部屋に入ってきた人物の姿に思わずイヴは立ち上がった。
「イヴリース様とシェフの料理について話しておりました」
「そうか。……イヴの口に合うといいんだが」
そう懸念するグランツの手をそっと握ると、イヴは嬉しそうに微笑んだ。
「皆さまが、私のために用意してくださる物ですもの。美味しいに決まっています。それより、あの――」
グランツには言いたいことがある。
信じて貰えないかもしれないが、話したいことがたくさんあるのだ。だがそれを、今、どんな形で言葉にするべきか迷った。
「……今夜のドレスも良く似合っているよ。昼間とはまた違って魅力的だな」
「……っ!」
思いがけない言葉を掛けられると赤面し、言葉を失う。それでもイヴはギュッとグランツの手を握っていた。
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