三章 秘毒のシンシャ②
✿ ✿ ✿
「シンシャからずっと、毒の匂いがするのはどうして……?」
その言葉を口にして、イヴは少しだけ後悔した。
もし……間違っていたらどうしよう、と。
だがイヴ自身の鼻が、感じ取った“匂い”という名の情報の数々が偽りではないという証拠を示してくる。
こうして事実を突きつけた今も、敵意も悪意も害意の感情すらも感じられない。匂いとして届くのはただ、申し訳ないという哀しみに似た匂い。
「イヴリース様……っ、あの!」
「シンシャ。いいんだよ、私のほうから話そう。イヴ、キミの鼻が卓越した“匂い”を感じ取れることは、オルヴァという人物から耳にしている。だから敢えて言おう。――シンシャをイヴの世話係として命じたのはイヴに何か危害を加えるためではない。イヴの身に危険が及んだ時に護らせるためだ」
「……私のため?」
「シンシャには確かに“毒”を精製する魔法と“解毒”を行える技術がある。武芸にも長けている。だがそれはすべては私が不在の時に、キミの身を護るためだ」
「…………」
グランツの言葉に耳を傾ける。
確かに魔法一つ使えない、鼻が利くだけのイヴでは害意や敵意を感じ取れても身を護ることは不可能だ。護衛という意味では、侍女がその任を兼任することも理解できる。
「……そう。そういうことだったんですね。それなら良かった……グランツからもシンシャからも、私の身を案じてくれる“匂い”しか感じられないから、内心安心していたのよ」
だからこそ、イヴはチラリと不安そうにシンシャを見上げた。
「シンシャは、いいの?」
「……? なにがでございますか?」
「私なんかが……貴女の主人で」
「……っ、なんてことを仰るんですか! 私は貴女様に出逢えて幸せです! 優しく慈悲深い方で嬉しく思っています!」
怒りを含んだシンシャの声にビクリと肩を震わせる。けれどすぐに身体を弛緩させると徐ろにシンシャの掌を握ると嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。シンシャ……そう言って貰えて、幸せですよ」
「……。イヴリース様こそ、私なんかで良いんですか? 私のような“毒”持ちで不安にはなりませんか?」
それは、まるで泣き出してしまいそうなシンシャの声だった。それに気付くとイヴはシンシャの腕をそっと引き寄せ抱き締める。
「出逢った時から、貴女からは毒の匂いがしていたけれど……不安に思うことは一度もありませんでした。どう事情を訊き出そうか迷いはしましたけれど……。貴女は最初から優しくて、一人きりだった私に連れ添ってくれた。大切な方ですよ」
「……っ」
そこまで言葉を掛けたところで、シンシャが泣き出した。ずっと、不安に思っていたのかも知れない。拒絶をされないか。人格を否定されないか。シンシャも不安だったに違いない。
そう思うと誰が彼女を責められるだろう。
望んでも魔法が得られず産まれてきた者もいれば、望まない魔法を持って産まれてきた者もいる。
魔法は――不平等だ。
世の中は――不公平だ。
世界は――理不尽だ。
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