三章 秘毒のシンシャ③

 シンシャの涙を丁寧に拭いて宥めてから、侍女らしい彼女の姿を見たいと思ったイヴは、飲み干してしまった代わりの紅茶を淹れて欲しいと頼んだ。

 シンシャは涙を拭いながらも精一杯の笑顔で頷き応えると、すぐに茶葉を用意し新しい紅茶を淹れてくれた。

「美味しい、ありがとう。シンシャ」

「勿体なきお言葉です」

 シンシャの事情も理解できた。その安心感もあるからだろう。改めてイヴを護ろうとするために、色々と心を砕いてくれていたグランツに微笑みかけた。

「グランツもありがとうございます。私のために色々と考えてくれて」

「そんなことは当たり前のことだよ。キミを迎えると決めた時から色々準備をしたからね」

 心なしかグランツの顔が赤い気がする。

 それに気付いたイヴは、席を立ちグランツの傍に近寄るとそっと頬に触れた。

「グランツ、大丈夫ですか? 熱があるんじゃないかしら」

「……っ! だ、大丈夫だ」

「そう? それなら良いのだけれど――……!」

 風邪などではないと知れて安心したのも束の間、至近距離にあるグランツの顔と香りに顔が熱くなる。形容しがたいいい匂いにクラクラと意識が持っていかれそうになる。

 ハンカチの残り香よりも、ずっと強い香りに思わずくっついてしまいたくなる。

「イヴ……?」

「グランツ……私……あの……」

 どう表現したら良いか分からず言い淀んでいると、不意に腰に腕を回された。そして、

「ディナーはここまでだな。……イヴ、おいで」

 グランツの手によって抱き上げれた私は、そのまま部屋をグランツと共に後にした。

「……ッ!」

 グランツに抱き上げられたイヴは、落ちないようにと思わずグランツの首に腕を回して抱きついてしまう。

(重くないのかしら? 何処へ行くのかしら?) 

 グルグルと思考が回りながらも、それでも離れがたい香りに瞳を細める。まるで猫が木天蓼バルドリアンに酔ってしまうかのように、フワフワとした気持ちになる。

「鼻が利くキミにとっては、匂いの得手不得手なんてものもあるんだろうね」

「そんなこと……考えたこともありませんでした。オルヴァの時が初めてで最後でしたし」

 唯一初めて匂いを感じ取った、オルヴァの時には必死で病院に掛かって欲しいとお願いしたくらいで――それ以降は感じ取ることはなかった。

 もし鼻がそのままだったとしたら、家族と呼べる者達からは、侮蔑、憐憫、嘲笑といったあらゆる不快な感情の臭いが常に巻き付いていたことだろう。

「少し心配だな。……私以外の人間に、そんな表情を見せたりしないか」

「え……?」

「お酒にでも酔ったような蠱惑的な顔をしているよ」

 グランツに言われ、イヴは慌てて自らの頬に触れる。そんなに情けなくだらしない表情をしているのだろうか。そう心配していると、ふと目の前に大きな扉が見えてきた。

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