三章 秘毒のシンシャ⑥
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「随分と楽しまれたようですね」
イヴを部屋に送り届けてから自室に戻ると、其処には寝具の準備を済ませたオブシディアンがいた。
「女性嫌いだと思っていたのに、やはり恋は人を変えるんでしょうか」
「イヴが特別なだけだよ」
グランツは即答する。
そう、グランツにとってイヴは特別だ。今まで言い寄ってくる女性は皆、自分の地位と財力を目当てとし、時には外見だけで言い寄ってくる者もいた。
そんな中でもイヴは何を求めるでもなく、むしろ屋敷に居ていいのかすら疑っていた。
そしてその立ち振舞いには、“令嬢らしく”あらんと努力する影さえ見える。
「イヴの色んな姿が見られて、とても楽しいよ。努力家であるところも好感が持てるね」
何もかもが思い通りに叶い、過ごしてきた者は――努力というものを知らない。すべての令嬢がそうとは言わないが我儘だと有名なリセッシュ家の義姉フレアリーフ・フォン・リセッシュなどは願い下げだと思っていた。
そのままの足でバスルームに向かうと、手短にシャワーを浴びて埃などの汚れを泡と共に洗い流していく。
だが、イヴを抱き締めた時に感じた林檎のような甘い香りが消えるのは少し勿体ないなと思った。
「そういえば、オブシディアン。私は何か特別な匂いでもしているのかな? イヴが猫のようになってしまってね、とても可愛らしいんだ」
「特別な匂い……ですか?」
バスルームから上がりバスローブに身を包んだグランツはソファーに座る。すぐさまやって来たオブシディアンの手によって髪を乾かされる中、グランツはイヴの様子を話して聞かせた。
「それはまた……色んな意味で、よく我慢なさりましたね」
「ああ、大変だったよ。――イヴはどうやら私の匂いにてんで弱いらしい」
「それはそれは……余計な虫がつかなさそうで、内心嬉しくあるのではないですか?」
「まぁね。これでも、独占欲が強いことくらい自覚はしているさ」
それを表に出すつもりはないが、イヴのことで何かがあれば我慢が利かなくなるかもしれない。
「イヴリース様と社交界には出られるおつもりですか?」
「ああ、イヴの可愛らしい姿を見せれば、周りの淑女たちも黙るだろうさ」
「ですか……お気を付けください。リセッシュ家から令嬢を迎えたことを耳に入れた貴族がいるそうです」
「もう? 相変わらず耳聡い連中だな」
「近いうち――グランツ様が不在の折など、接触を図ってくるかもしれません」
「その時は、オブシディアン。シンシャと二人でイヴを護ってやってくれ」
「かしこまりました」
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