四章 令嬢のイヴ③
屋敷の中でも厨房は料理人の聖域だ。
侍女たちを含めた使用人はそれを理解しているからこそ、厨房の深くには立ち入らないし立ち入れない。そして深く交流を持たない理由はもう一つある。
料理長と性格が、馬が合わないのだ。
挨拶をしても笑顔一つ見せることなく、返事も返さない。黙々と自分が任された仕事を熟す職人気質なところは評判は良いものの、人間どうしの交流という点では不評で、まるで鉱物か何かを相手にしているような印象を持たせる相手だった。
そんな噂を知ってか知らずか……イヴはそっと厨房の入口から中を覗き込んだ。入口から中へは一歩も入らず、厨房にいる料理人達の中でも、料理長と呼ばれる人物を探した。
「あ……、あの方かしら」
オブシディアンから聞いていた料理長の特徴と合致する人物を見つけると思わず笑みが溢れる。イヴはコホンと小さく咳払いをしてから、目的の人物へと声を掛けた。
「あ、あの……お忙しいところ申し訳ございません! オニキスおじ様でしょうか?」
ガッチャン……!!
突然声を掛けられたその人物は、思わぬ呼びかけにスープをかき混ぜる手を激しく零しかけるも、グルゥリと後ろを向くとイヴを睨み付けた。
「…………アンタは…………?」
「イヴリース・フォン・リセッシュと申します。昨日は美味しい料理の数々、ありがとうございました。どれも大変美味しかったです」
そう言ってイヴはドレスの裾を摘むと、ちょこんと会釈した。
「……貴族のアンタからそんな礼を言われるとはな。もっと色々美味いモンなんか喰ってきたろうに」
料理長――オニキスは腕を組みながら神妙な面持ちをした。貴族の令嬢がわざわざそんな言葉を言いにくるとは、と小首を傾げる、その様はまるで巨大な猛獣のような印象を与える人物だった。
「それに、さっきの呼び名はなんだ……?」
「……さっきの、って? オニキスおじ様ですか?」
「そのおじ様……っていうのは、むず痒くなる。それにおれは“様”付けで呼ばれるようなモンじゃねぇ。一介の使用人だ」
「ですが、歳上の方には敬意を払いたいのです。オニキスおじ様は私より、ずっとずっと知見も広くていらっしゃるでしょう?」
にこにこと微笑みながらイヴは答える。
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