一章 旅立ち④

「イヴリース様、何かお飲み物でも如何でしょうか。農園から取り寄せたばかりの茶葉が揃っておりますのでお好きな物があれば……」

「なら、あの……。――い、いえ……なんでもありません」

 何かを言い掛けて言葉を収めるイヴリースの様子に、他の侍女達は困惑した様子を浮かべる。けれどシンシャは諦めることなく、そっとイヴリースの傍に行くと目線の高さを合わせやんわりと微笑んで見せた。

「此処には貴女を虐げるモノは何もございません。お好きなこと、お好きな物、貴女様のことが私達は知りたいのです。――お教え下さいませんか?」

「…………」

 黒い髪に隠れている表情はわずかに陰っている。

 それでもシンシャの言葉に思うところがあったのか、イヴリースは小さな声で初めて『お願い』をした。

「ミルクティーを、お願いします」

「かしこまりました。……フローライト」

「はぁい。イヴリース様ぁ、少々お時間を頂きますねぇ」

 フローライトと呼ばれた、おっとりとした喋り方をする侍女は、その穏やかな口調とは対照的に手早く慣れた様子で紅茶の準備を始めていく。

「はぁい、どうぞ〜。熱いから気を付けて下さいね。イヴリース様」

 ソファーに座るイヴリースの前にティーポットとカップを用意すると、フローライトはカップに琥珀色の液体とミルクを注ぐとイヴリースの前に置いた。

「ありがとうございます。私……ミルクティーが好きで、飲むと、気持ちが落ち着くんです」

「左様でございますか。でしたらこれからはミルクティーに合う茶葉をいくつか仕入れておきますね」

「ミルクティーは私も好きですよぉ、イヴリース様ぁ」

「こら、馴れ馴れしく話しかけない」

「イヴリース様には休んでからグランツ様とお会いしたほうがいいからな。少しでも落ち着いて貰わないと」

 フローライト、フォスフォフィライト、アンデシンが次々と口を開く。

 仲の良さそうな侍女達のやり取りを聞きながら、イヴリースはカップを手に取りゆっくりと口元に近づけた。

 華やかな香りがスッと鼻に抜けていく感覚と香りからついイヴリースは呟いた。

「これは……ディンブラですね」

「ほぇ? イヴリース様凄い! 飲んでないのに、香りだけで判ったんですか?」

 驚くフローライト。そしてやんわりと微笑むイヴリース。シンシャは多少言葉遣いに問題はあるものの、フローライトとの相性は悪くなさそうだなと観察していた。

「美味しいです、とても」

 コクリと一口口に運んでは小さく息を吐く。

 つい先程までは怯え震えていた様子だったが、それも次第に解れてきたようだ。

「夕食は料理長がとびきりの材料で腕を振るうと言っていました。イヴリース様の好みも、これから伝えていかないとですね」

「こんなに色々してくれて、本当に嬉しいです。皆さん、ありがとうございます」

「勿体なきお言葉です。イヴリース様」

 侍女達4人は姿勢を正すと、仕えるべき主に対して優雅に一礼してみせた。

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