28話 怨めない黒幕
フレイアの家。
その庭にあるテーブルの椅子で、四人の人間と一匹の獣が腰を落ち着かせていた。
フレイア、シア、朝陽、牡丹、ピリオドだ。
異界からやって来た四人のパイロット達と一体のアンドロイドは「せっかくだしこの世界で数日遊ぶ」と言って王都の見学に行っている。
異界と
「こんなことがあったんだね。これからはあまり記憶見ない方がいいかも……?」
朝陽の記憶を持ち前の魔法で読み取ったシアが呟く。
「なかなか濃い体験をしたもんだよねぇ……恋までしちゃって~? や~~んっ!」
記憶共有で朝陽の経験を追体験している
『……牡丹、人の感情を勝手に既存の型に押し込めるのやめて』
あの後。
ピリオドは自分の仲間達の意向に異を唱え、反抗し、実力行使で鎮圧した。
何を言われてもピリオドの主張は「復讐はしたくない」の一点張りで、聞く耳持たずといった感じだった。
そのあらましを簡潔に言い表すのであれば、それは『とんでもなく過激な兄弟喧嘩』だろう。お互いが疲弊して気力がなくなるまで殴り合った。ただそれだけだ。
獣たちは今、少し離れた森の中に身を隠している。人間である朝陽達の近くにいるのを拒否して距離を置いているからだ。
和解とは程遠い関係で、万事解決したとは言い難い。
牡丹については、どう扱ったらいいものかと朝陽は迷っていた。実体牡丹と霊体牡丹が別々の独立した人格になってしまっているのを気軽に統合していいものかと。
そう迷わせる一因として、ピリオドと実体牡丹がちょっと仲睦まじくしているというのがあった。
ピリオドは実体牡丹に親切にしていたらしく、実体牡丹もそんなピリオドに対して好意のようなものを寄せているみたいだった。
その事について朝陽が霊体牡丹に相談してみたところ、こんな回答が返ってきた。
「さすがの私もなんにも言えないわぁ。どうしたもんかねぇ……」
おどけているのか、おばあちゃんみたいな口調だった。
(まぁでも、なんにせよ理屈としては元に戻すのは可能だよな……)
実体牡丹の外脳と、人工物の魂になった牡丹のP‐ユニットを接続すればほぼ完全と言っていい人格を取り戻す事は出来るだろう。
つまり牡丹は現時点でも復活可能。今はそれでいいだろうと朝陽はこの事態への考察を完結させる。
(ピリオドには感謝しきれないな)
牡丹の損傷した肉体を治癒してくれたのはやはりピリオドだったようだ。どうしてそうしたのかと訊いたら「綺麗だったから」という言葉が返ってきた。
これだけの恩をどのように返せばいいのか考えあぐねているが、時間をかけて報いていこうというのがとりあえずの結論だ。
「それで、これからの話なのですが」
この場にいる全員との情報共有が終わったので、朝陽は今後の話を切り出す。
「話をしておきたいことが三つあります」
わかりやすくしようと右手を掲げ、三本指を立てて要項を列挙していく。
「一つ目はピリオド含む『魔獣達の処遇』。二つ目は『僕達がこの世界に来た原因』の不明。三つ目は『勇者の末裔であるフレイア様を取り巻く一切』です」
人差し指を一本残し、他の指を折り畳む。
「一つ目の『魔獣達の処遇』に関しては、対話による収束が期待できます。人間側にしろ魔獣側にしろ油断できない緊張感はありますが、よほど拗れない限りは平和に落ち着かせられると思います」
中指を一本追加して次に行く。
「二つ目の『僕達がこの世界に来た原因』に関しては、これからも模索しようとは思いますが、それほど優先度は高くないです。性急に地球に帰りたいとは思っていないので」
「せっかくこんな面白そうなところに来たんだから、目一杯楽しんでおかないと勿体ないお化け出ちゃうからね」
朝陽にしか聞こえない声で、勿体ないお化けが何か言っていた。
「……焦ってどうにかなるような問題でもないので、帰る方法はゆっくり探していきたいと思います」
「帰るだけじゃダメだよ。また来る方法も確立しておかなきゃ」
『ん。だね』
「なに素っ気ない反応してんだよ! 照れ隠しやめろー?」
『そっちこそやめてよ。うざいって』
朝陽はだる絡みしてくる霊体牡丹をあしらいながら、フレイアの様子を窺う。
この話が始まった直後に緊張した面持ちになったフレイアが、朝陽が早々に地球に帰還するつもりはないと意思表明した辺りから、安堵したように表情を緩めたと感じたのは自意識過剰ではないはずだ。
フレイアから視線を外して、朝陽は薬指を立てて指を三本にする。
「最後に、勇者であるフレイア様についてですけど――」
「その前に、わたしから少しお話をさせてくださいませんか……?」
最後の議題をとりあげようとした時、フレイアが弱々しく口を挟んできた。
「あ、はい、なんでしょう……か??」
朝陽はそう返しながらフレイアの方を見て、
――目を剥いた。
フレイアの深紅の髪が、白く発光していた。
様子がおかしい、なんてものではない。
一目見て「この子は誰だ」と、そう思った。
「わたしは、人間から『光の大精霊』と呼ばれている存在です」
朝陽の声にならない宙に浮いた疑問に答えてくれた白い髪のフレイアは、自身の正体を『光の大精霊』と、そう明かした。
あの三人から聞かされた初代勇者の物語には『光の大精霊』が登場していた。
勇者に聖剣を授け、その後勇者の中に入って【不死の加護】を与えたという謎の存在。『光の大精霊』が伝説通り勇者に同化しているならば、フレイアの中に『光の大精霊』はいるのだろう。
だがこんな風に表に出て来られるなんて、朝陽は考えていなかった。
不測の事態に面食らう。
「『光の大精霊』というのは名前か?」
朝陽がどう対応するか思索している間に、白い髪のフレイアにピリオドが尋ねた。
「いいえ。わたしという存在を説明する上で理解しやすいかと思ってそう言いました」
「ならば名前を教えて欲しい。私の名前はピリオドだ」
ピリオドがしたり顔で言う。この翼の生えた巨体の男は大体こんな調子だった。初対面の相手には屈託のなく名前を尋ねるし名乗る。
まんま新しい事を覚えたての子供だ。名前を教え合うのが他者と親交を深める為の必殺技だとでも思っているのだろう。
「わたしに名前はありません。必要とした事がないので」
「なら、私が付けてやろうか?」
「結構です」
「そうか……」
割と強めに断られてピリオドがしょんぼりしてしまった。
(かわいそう……)
朝陽がその様子を憐れんでいると、ピリオドの提案を袖にした白い髪のフレイアがこちらに目を向けてくる。
「あなた方がこの世界にやってきた原因……それは、わたしからお教えします。この世界にお二人を呼んだのは、この子なんです」
「この子って……フレイア様、ですか?」
朝陽は外見がフレイアである光の大精霊にどういった言葉遣いで対応していいか分からなかった。流れで敬語にしてしまったが、人格が入れ替わっているなら実質別人なのでタメ口でいいだろうと考えを改めて問い直す。
「どういうことか説明して貰っていい?」
「ええ」
白い髪のフレイアが頷く。
勇者に力を与えた本人からの情報。嘘がなければ全て正しいはずだと朝陽は聞くことに傾注する。
「では何が起きていたのかと言いますと……封印が施されていたとはいえ、この子はずっと聖剣を持っていました。聖剣には、一般的にあまり知られていない能力があります。歴代勇者の使っていた能力を蓄積して、適合する後世の勇者に継承していくというものです。この子に適合した能力は【翼を持つ足】【三巨人の百手】【空間接続】【無差別召喚】でした。あなた方を召喚したのは【無差別召喚】になります」
聖剣を持ったフレイアは幾つも特殊能力を発現していた。言っている事に間違いはなさそうだ。
「【無差別召喚】……それはどんな能力なの?」
「勇者が直面している問題を解決するのに最適なモノを呼び寄せる力です。呼び出した対象が生物だった場合、強制的に契約が結ばれて聖剣の能力の一部を勇者のように使用できるようになります」
「なるほど……でもどうしてフレイア様に俺達を呼び出した自覚がなかったの? 封印されてたから? 気付いてたけど言わなかったなんてことはないと思うけど……」
「その通りです。封印されていたからですね」
白い髪のフレイアが可愛らしくこくんと頷く。
「もう少し詳しく解説すると、この子が聖剣を所持している間、長きに渡り考えていた事は『誰か助けて』でした。所在を隠蔽する為にその力を抑圧されながらも、聖剣にはその願いが魔力と共に注がれ続けていたんです。この世界で完結するはずだった能力なんですが、明確に目的の定められていない無形の魔力が膨大に蓄積されていき、異世界からあなた方を召喚するに至ったみたいです。本来はあなただけだったようですが」
「てことは、私って疑いの余地もなく朝陽くんの巻き添え食らっちゃったってこと? らっきー! 助けようとして正解だった~!」
告げられた真相に霊体牡丹が飛び回って明るい声を出す。お前死んでんだぞと思いながらそれを尻目に朝陽は話を進める。
「でも、なんで俺だったんだ?」
「それは……」
白い髪のフレイアは言い淀むが、観念したように細く息を吐いた。
「好みだったから、でしょう。助けてくれるのなら素敵な人がいいですから。……ですが、この子の無意識はそのことを知られるのが恥ずかしくて、そうだとバレないようにあなたを召喚しましたけれど」
白い髪のフレイアが恥ずかし気に頬を赤らめ瞳を潤ませる。つい見惚れてしまうくらい可憐だったが、見てはいけないものを見てしまっているようで目を逸らした。
この子は
「えー! どこが好みなの!?」
牡丹が弾んだ声で前のめりに白い髪のフレイアに詰め寄る。手に負えない程にマイペースだ。
(ていうか聞こえないだろ)
朝陽がそう思っていると……
「その……見た目と性格、なんですが……」
白い髪のフレイアは普通に会話に応じ始めた。もう朝陽は疲れてきて何が起きているか理解する気が失せた。
現実を受け入れて好きにさせよう。
「見た目と性格??? それってもう全部ってことじゃん! でも上辺だけ! 他には???」
「優しいところ……でしょうか」
「朝陽くんが優しい? 結構ひどくない?」
牡丹に対してひどい時があるのは牡丹が色々ひどいからだろと思ったが言わないでおいた。やられたことをやり返しているだけだ。
「この子には優しくして下さいました」
「ふむ…………恋は盲目か、私にだけひどいのか……」
わかっているらしい。
「ちょっと待ってくれ」
朝陽はようやく調子を取り戻してきたので、おかしな方向に進んでいる会話に割って入る。
「君はフレイア様じゃないだろ? なのになんでそんなことが言えるんだ? 感覚や感情が共有されてるとか?」
「いえ、そういうわけではありません」
「え、違うの? じゃあなんで……?」
「わたしを宿している勇者は、わたしに性質が近づいてしまうんです。わたしの好みは勇者の好みであると言えるほどに。逆もまた然りですが。思想はそれほどでもないですが、肉体に依存する感性は酷似すると言ってもいいでしょう」
「勇者と光の大精霊は相互に強く影響し合うから確信できるって事か」
「そうですね」
そういえばと、朝陽は最初に訊いておくべき事へようやく思い至る。
「失念してたけど、なんで君はこのタイミングで出てきたの?」
「この状態を続けると、肉体や精神に悪影響を及ぼしかねないからです。だからこそわたしはこれまでこうして姿を見せる事はしませんでした。ですが、こうしないと見過ごせない不都合がこれからもありそうでしたから……これは特別なんです。こうしているだけでも、同化はより強くなります」
最初から出てきてくれればと思わないでもなかったが、光の大精霊も気を使っていたのだ。
この選択は考えた末なのだろう。
それにこの世界に来た直後など、もっと早くに教えられていたら今ほど穏やかに聞いていられなかったはずだ。もしかしたらフレイアに辛辣な言葉をぶつけてしまっていたかもしれない。
きっとそれも見越しての、このタイミングだ。
朝陽がフレイアとこういった関係になってから真相を明かしてくるのは狡い気もするが、これで良かったと思えてしまうのは否めなかった。
「けどそうなると、聖剣が折れたからたぶん帰る方法がなくなっちゃったな。一応、聖剣くらいの魔法の道具があれば再現可能なのかもしれないけど……あれ、そういえば」
ある事が気になった。
「そもそも【無差別召喚】って、呼んだものを元の場所に返す事は出来るの? 一方通行?」
「元の場所への送還ならできますね。座標指定ではないので惑星の移動などの影響も受けず、地球にある神話研究部の部室に返せます」
「…………!? ほんとに……?」
「はい。ですが聖剣は折れ、その力は弱まってしまっている……あなた方を地球に帰すとなれば、おそらく聖剣は燃え尽きて消滅することになるでしょう」
「…………てことは、一度帰ったらもう二度とここには……?」
白い髪のフレイアが何も言わずに目を伏せる。
朝陽は頭を働かせる。そして、ある違和感に辿り着いた。
「聖剣を作ったの、昔話通りなら君だよね。じゃあどうにか出来ないの? それこそ異世界から人間を召喚できる新しい魔法道具を作成したりとか……」
どうしてこれを自分から言い出してくれなったんだろうと思いながら訊く。
「おそらく、できます」
白い髪のフレイアがあっさり言う。
「ですが、わたしにそのつもりはありません。かつてわたしは、勇者に乞われて聖剣を生み出しました。その結果、魔王が生まれてしまったんです……」
「……それって、なんでなの? 具体的にどんな理屈か全然想像つかないんだけど」
「私の力は、言うなれば『奇跡とも呼べる偶然を際限なく起こす力』です。例えば私が望めば『使用者を絶対に勝利させる剣』を世界が偶然発生させます」
「…………」
なんつう力だ、とだけ朝陽は思う。
「ですがこの力はなにも都合のいい事ばかりが起こるわけではありません。これは私にもどうしてなのかわからないのですが、偶然を起こすと必ず、それとは相反する、あるいは対になるようなモノが世界のどこかに発生してしまうんです。聖剣の場合は『勝利すべき存在を無限に生んでしまう』でした。それが魔王と呼ばれています」
「要するに君は『不完全な奇跡』を何度でも起こせて、その力を正確に理解はしていないし制御もできてないって事か」
「そうです! 『不完全な奇跡』! その方がわかりやすいですね!」
朝陽の要約と言い換えに、白い髪のフレイアが我が意を得たりとはしゃいだ声を上げた。すごく好意からくるよいしょを感じた。
「……そんなわけで、わたしは聖剣を最後にもう二度とこの力は使わないと決めたんです」
光の大精霊も自分のファンムーブみたいなテンションを自覚したらしく、急に控えめになって申し訳なさそうにする。
朝陽はどう受け止めていいものかわからなかったので、とりあえず見なかったことにして会話に集中することにした。
「いや、それでいいと思う。そんな不確かな力に縋るのはリスクがでか過ぎる。その力に俺が頼ったりすれば、下手をしたら地球も巻き込んでおかしな事態に発展する可能性すらあるんだから」
「でもそんな光景を見てみたさがなくもない」
横から霊体牡丹が囁いて来る。朝陽は呆れ、苦言を呈する。
『あのさ、その世界を滅ぼしそうな好奇心、あんまり表に出さないほうがいいと思うよ。あと牡丹が喋るたびに気が抜けるから静かにしてて欲しいんだけど』
「むぅ。しょうがないなぁ」
そう朝陽が注意すると、霊体牡丹は頬を膨らませて大人しくなった。
朝陽は白い髪のフレイアに向き直る。
「君からの話はこれで終わり? まだ何かある?」
「いえ、終わりです」
「なら最後に訊きたいんだけど、このやり取りってフレイア様は覚えてる? フレイア様の意識はどうなってるの?」
「ありません。眠っているような状態なので、覚えてはいないでしょう」
「そっか、わかった。ありがとう、わざわざ教えに出てきてくれて」
「はい。お役に立てたのなら、よかったです」
白い髪のフレイアが頬を紅潮させて潤む瞳で見つめてくる。
なんだかやりづらい。
「あの……」
その時、長らく黙っていたシアが声を発した。
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