第三章 男は女を売り捌く 1
シアの魔法でのどかな村へと転移して、そこから馬車に揺られること数時間。朝陽とシアは王都に辿り着いた。
検問をシアの顔パスで通過。見上げる程に大きな城壁の門を潜って、朝陽達は王都の中に入る事が出来た。連れていた狼も難なく壁内への立ち入り許可が下りていた。
「全く咎められずに検問を通れたのって、フレイアの威光があるからですか? それともシアさんが偉い人なんですか?」
城壁に穿たれた、舗装されている割と長めなトンネル。空気の湿ったそこを歩きながらそう訊くと、シアは膨らみの乏しい胸を張って澄まし顔をした。
「こう見えても私、やんごとない一角の人物なんだから」
人の記憶を探れたりするので何かしら特別な人なのだろうと納得する。自分から詳細を話さないところからすると言いたくない事なのかもしれない。無理に聞き出そうとするのは鬱陶しいかなと考えて黙っておいた。
朝陽にとってシアは『大人』だ。質問するくらいはともかく、碌な関係性もないのに個人の事情に踏み入るのは気が引けた。
牡丹や深海ルカのように口から先に生まれてきている人の方が朝陽にとっては接しやすい。
※
「その腕、どうしたの!?」
王政国家アデイルの王都リュクセイヌ。その城下町にある食堂の前で待ち合わせをしていたフレイアは、到着するなり開口一番そう叫んだ。
フレイアはこの国の騎士で、騎士とはすごく尊敬されていて偉いらしい。
この国、アデイルにおいて騎士とは最上級の栄誉である。騎士の称号は王から直接贈られるが、その意は『王に刃を向けてもいい権利』だ。
――「私が誤ったら騎士が正せ」。
これが王の言葉であり、自身の選定した騎士達に対する絶大の信頼がそこにはある。
こういった事を、朝陽はここまでの道中にシアから教えて貰っていた。
あの山での邂逅時には「アデイル軍の末席に名を連ねている」などと謙虚な物言いをしていたが、フレイアは王に認められた、国家の重鎮である騎士だ。
そんなわけで、シアが検問所で衛兵にフレイアへの伝言を頼んで今に至る。
「どういうことか説明しろ!」
表情は険しく言い方こそ厳しいものだったが、朝陽の片腕が無くなっている事を気に掛けるフレイアからは一点の曇りもない思いやりが感じられた。
「ああこれは……この狼に食べさせました」
朝陽は足元でお座りしている狼を示して言う。
「食べさせたって……そんな平然と……ッ」
「生きる為にはそれくらいしか打つ手がありませんでした」
「落ち着いている場合か! とりあえず、こうなるまでの経緯を話せ……!」
朝陽の左腕が欠損している事に動揺して騒々しくなっているフレイアに頷く。異議はない。元々フレイアには一連の経緯を知っておいてもらいたかった。
シアとの会話内容。腕を食わせて傀儡にした狼。翼の男が牡丹を蘇生した可能性。報告すべき事が多い。
「ではまたこれで」
首から外脳を外して渡す。フレイアは嫌そうにしながら掌に乗せた外脳を眺めた。
「これは苦手だ……」
その参ったような表情にはどこか怯えさえ見え隠れしていた。
朝陽にとっては慣れ親しんだ感覚だが他者から強制的に五感情報を与えられるのがよほど恐ろしいのかもしれない。安全の為とはいえ一時的に体も支配してしまった。他人に体を乗っ取られるのは気分のいいものではなかっただろう。
「でしたらやめておきましょう」
怖がっている相手に無理強いするのは良くないだろうと断念する。
「いや、効率を重視する。使うのはいいが体の自由は奪うな」
「わかりました。では、ゆっくり致しますね」
「ああ、そうしてくれ」
「それでは、いきます」
聞きようによってはなんかちょっとえっちな会話になってないかと表には出せない感想を抱きながら、自分から外脳を装着してくれたフレイアに記憶を送信する。牡丹との会話のくだりを上手く省き掻い摘んでゆっくりと見せていく。
心の準備が出来ていたからか記憶を見せるペースを落としたからか、今度は以前と違って問題ないようだった。
「……事情は分かった」
だが、とフレイアは底冷えする声を出した。
「腕は元通りになるようだが、もう無謀な事はするな! 下手をすれば死んでいたんだぞ!? こんな事を繰り返せば命が幾つあっても足りない! お前の身体はもう私の所有物だ! 独断による行動で損なう事は今後無いようにしろ! いいな!?」
言葉を尽くして叱られてしまう。きっと朝陽に釘を刺せれば理由は何でもいいのだろう。行動が制限される抑圧的な指示が含まれているが、フレイアに忠誠を誓うと契約している手前逆らうような事はしない。
「しょ、承知いたしました」
朝陽はフレイアの剣幕と勢いに押されて消え入りそうな声で答える。
「その子、名前は付けたのか?」
怒られてしゅんとしてしまった朝陽を見かねてか、フレイアが話題を変えるように狼を指して訊いてくる。
「いえ、付けていません」
「付けないのか?」
「名前も何も、今のこれに意識はないです。私が動かしています。身体の一部に名称はあっても名前なんて付けないですよね? 狼っていう部位だと認識していますので」
「それは…………可哀想ではないか?」
「名前を付けないことがですか? 意識を乗っ取っていることがですか?」
「両方、だな」
「基本的にはいらなくなったら自然に返すつもりですし、動物はそんなに好きではないので名前はどうでもいいと思っています。呼ぶのであれば『戦利品』とか、そのまま『左腕』とかでいいんじゃないでしょうか」
自然の摂理は弱肉強食。狼は朝陽を殺して食べようとしたのだ。丁重に扱う義理もない。
「物扱いか。お前が片腕と引き換えに手に入れたのだし、私がとやかく言うものでもないか……」
フレイアが疲れた声で言う。
「腹が減った。食事にしよう。料理を待っている間に今後の方針など色々話し合う」
「はい」
そうして朝陽は待ち合わせ場所にしていた大衆食堂の扉を開けて店内に入る。晩飯時の忙しい時間帯なのだろう、満席近くなっている。空いている席に向かう。朝陽は二人と向かい合わせで椅子に腰かけた。
フレイアが給仕を呼んでメニューから幾つか注文する。朝陽は商品名から味が想像できないので人気の料理を頼んで貰った。
無用な騒動を避ける為に狼は外の目立たない場所で待機。食事は後で与えるつもりだ。
(それにしても……)
他の客達に目をくれる。その毛髪や眼球を注視した。
シアやフレイアと比較して、それらの光彩が極端に地味なのだ。
目に痛いほど鮮やかな赤い髪をしたシア。それには及ばないものの人混みの中に入れば一目で居場所が特定できそうな程に特徴的な明るい赤髪のフレイア。
当初これが一般的な容姿なのだと思っていた。魔力を使って魔法を起こす際に起こる発光現象の影響で体毛や眼球に色彩異常を起こして成長するにつれてあたかも人工的な配色を施したように変色していくものなのだろうと。
しかしどうやらそれは見当違いであったらしい。ここに至るまでの移動中に目にした人々は地球の人類と大差ない色合いをしていた。
「他の人と比べて、お二人の髪はどうしてそんな明るいのですか? そういうオシャレ……でしょうか?」
気兼ねなく訊いてみる。フレイアは優しくて親切なので質問するのに尻込みする感覚は薄れていた。
「魔力量が多いとこうなる。正確には、多量の魔力を放出し続けるとだが」
「そうなんですね」
「ああ。では、お前の話といこう」
「ありがとうございます」
「お前が主導してかまわない。自分の話ならその方がいいだろう」
「お気遣い感謝致します。それではまず、この会話の目的を明確にしておきます」
朝陽はフレイアの青い瞳をしっかり見る。
「翼の男に連れて行かれた牡丹の追跡について。それから、地球に帰る方法の模索です。ですが後者は後回しでかまいません。難易度が高そうなので。生活についてはフレイア様の意向に全面的に従いますので話し合いはしなくていいと思っているのですが……」
「いいだろう。そこに関しては私が決めさせてもらう」
郷愁がないわけではないが、朝陽はそこまで地球での生活に未練はなかった。夢や、成し遂げたい目標などを持っていなかったからだ。学業といった義務を果たしてあとは遊ぶ。その日常に情熱はなく、大半の人達がそうであるように『戦争のない国』で漠然と生きていた。
牡丹の事がなければ積極的に帰りたいなどとは思わなかったかもしれない。
友達や弟に会えないのは寂しいが、両親の事は好きじゃないので清々しているくらいだ。
「まずは……そうですね、ある『儀式』で起こった異常現象についてから入りたいと思います」
朝陽の言葉にフレイアは怪訝な顔をする。
「また記憶見せても?」
「もう慣れた。やれ」
事の発端となった『儀式』の顛末について、フレイアと共に反芻する。
文化祭の催し物、魔法陣、呪文を唱える部長、黒い水溜まり、異世界転移。
フレイアは無言だった。朝陽の言葉を待っているようだ。
「こうして私は、この儀式中に起こった怪奇現象でこの世界に来ました」
「……ああ、理解した」
「ですがこれにはあからさまな飛躍があります」
「飛躍……?」
「そうです。私は間違いなく何者かの『意思』によってこの世界に来ました。それは『私がここで生きている』という事実が証明しています」
確信を持って朝陽はそう断言する。
そう、朝陽が渦中にいるこの異世界転移には確実に『黒幕』がいるのだ。
朝陽はその根拠を語っていく。
「転移の行き先がなぜあの山だったのか、それがわかりません。落ちたら死ぬような高度でもなく、深海でもなく、地中でもなく、宇宙空間でもない。無作為に異世界へ紛れ込んだりしたら、余程生存はできないはずです。儀式による転移は偶発的な『事故』などではありません。明確に何者かの『意図』が介在しています。間違いなく、私は死なないように調整されてこの世界へと転移して来ました」
フレイアは口を引き結んで聞き入っていた。朝陽はただ身寄りがないだけではなく何らかの厄介事に巻き込まれている。それを感じ取ったのだろう。
一拍置いてから、朝陽は更に続ける。
「現時点で、原因あるいは犯人に見当がつけられるのは二つです」
右腕を上げて指を二本立てて見せる。
「儀式に参加していた人達の内の誰か。それから、フレイア様が任務で調査していたというあの山の何かです」
そう提示すると、フレイアが訥々と言う。
「一番怪しいのは儀式に参加していた面々じゃないか? あるいはその背後に糸を引いている犯人がいるとか。儀式で起きた現象もその効果も魔法のように思える。お前の世界にも実は魔法はあるのでは?」
「タイミング的にはそうなります。ですが、地球に魔法は絶対にないかと。情報の断片しか知らないフレイア様には実感頂けないかもしれませんが、あれだけ高度に情報化された文明で魔法の存在は隠匿できるはずがありません。もっと言えば、隠されていた魔法を儀式に参加した私達の中の誰かが使えたかもという時点でその推理は憶測でしかなくなってしまい、そのまま話を続けても結論の信憑性はかなり胡散臭くなってしまいます」
それに、と朝陽は嘆息する。
「犯人が地球に居るとしたら、こっちから手の出しようがないんです。私としてはこの世界の誰かに呼ばれたのではないかと思うのですが……?」
「それこそ私にはとても出来るとは思えないな。感覚的ではあるし、私は博識とは言えないが……異世界から人間を召喚したなんて前例も聞いた事はない」
「ですが私の中であの山は犯人が潜んでいる第一候補なのです。加えて牡丹の捜索に当たるにしても、ここを突き詰めるのは必須な気がするのです。軍の任務で調査していると仰っておられましたが、あそこで何が行われているのだと思いますか?」
「おそらくだが、異種交配の研究が行われている。あの翼が生えた人はそれによって生まれてきたものと私は推測している」
「異種交配……の、研究ですか?」
物騒な言葉に朝陽は歯切れの悪い反応を返す。
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