15話 この世界、勇者も魔王もいるんだね
「お前は兵站部隊に組み込む事になった。兵站部隊というのは兵糧の管理、配給、輸送、補給経路の確保を専任する部隊だ。後方部隊だから危険は少ないだろう」
朝陽に与えられた仕事の概要を、フレイアはこう教えてくれた。
役割を貰った方がタダ飯食らいより気が楽なので有難い采配。他人を差し置いて庇護を受けられるという負い目を軽くして納得できる、丁度いい処遇だった。
「よーし、これで配給はすんだな!」
日が完全に落ちきる前の黄昏時。出発してから休憩も無く歩き詰めだった討伐軍はようやく行軍を停止して野営の準備、食料の配給が行われた。
「おーしお前達ー!! 飯にするぞー!!」
兵站部隊の隊長が豪快な大声で呼びかけると兵士達は銘々に食料を携えて散らばる。
朝陽も指示された通りに配当分を受け取ると、どうしようかと周囲を見渡した。
この部隊は役割の性質上食事を摂るのが最後になる。フレイアはもう食べ終えてしまっているだろう。そもそも同じ物を食べているのか、それすらも不明なのだ。
独りは寂しいので、歳の近そうな兵士の集団に目をつけて仲間に入れて貰う事にする。
「よかったらここで一緒に食べてもいいかな?」
歩み寄って声をかけると、年若い男の兵士達三人が視線を寄こしてくる。
「え……!? あ、ああ、かまわないぜ」
その内の一人、気の良さそうな青年が快諾してスペースを空けてくれる。他の二人も嫌な顔はしていない。むしろぎょっとしているし、動物園で珍獣を見るように無遠慮に全身を眺められる。絶対男と思われていない。配給作業中もずっとこうだった。
許可に礼を言いながら輪の中に入るとハンカチだけ敷いて地べたに尻をつけて女の子座りをした。
男だとバレると面倒そうなので、女の子のフリをする。
朝陽は今日という日に至って初めてこの世界における性別という概念を意識していた。
「名前はなんて言うんだ?」
「朝陽。よろしく」
名字は省く。この国では浮いてしまうフルネームだからだ。
「朝陽ね。俺はリーグ。よろしくな。で、こっちの二人がカルスとロイだ」
「おう、よろしくー。噂の派手なメイドちゃんじゃん」
カルスと呼ばれた方が手をひらひらさせながら飄々と言った。
軍隊の人達はみんな軍服を着ている。激しく浮いている自覚はあったが特に気にしていない。入隊したわけではないからだ。SNSで誰もが自分を見せつける世の中にいた。自撮りを晒しちゃう系の朝陽は好奇の目に晒される事にそれほど抵抗はない。
兵站部隊の隊長は唐突に配属された朝陽を見て「まいったなぁ……でも上の指示だしなぁ」と首が痛そうなポーズをして参っていたし、関わった人達から朝陽は腫れ物扱いされていた。善意で申し出たつもりだったのだが、逆に様々な不都合の呼び水になってしまっている気がする。
「朝陽はどこ出身なんだ? なりからして異郷人のようだが」
ロイが低い声で訊いてくる。堅物そうだった。
「死んだ両親が異国の人間だったんだ。生まれも育ちもこの地方なんだけどね」
淀みなく嘘をつく。出身を明かしてもいい事はなさそうなのでこの経歴で押し通すと決めていた。
「そうなんだな」
信じてくれたらしい。騙すつもりはなかったが少しばかり心が痛む。
「その腕はどうしたんだ?」
無い腕をちらりと見られる。
「野生の獣に襲われて……」
「うひゃー、そいつは運が悪かったな」
軽い態度で口を挟んできた
「そんなことより先にさ、なんつーかこう……朝陽ちゃんはどんな存在……? なの?」
「フレイア様の従者だよ。仕事を拝命したから軍のお手伝い」
朝陽はこれまでにも似たような事を兵站部隊の男達に何度か訊かれていた。飽きもせずに定形句になった台詞を返す。
「ラズヴェルナ卿の……? へぇ、珍しー」
「三人はどういった関係なの?」
自分の話題は避けたかったので今度はこちらが訊く。長く続ければボロが出そうだ。
「どうってほどのもんじゃないさ。軍の寄宿舎で同室なんだよね、俺達。な?」
硬いパンをやっとの思いで噛み千切って咀嚼する。
腰に下げてあった革袋を手に取って中に溜めてある水を口に含んでふやかしながら胃に流し込む。味気ない。食事というより栄養補給でしかない。P‐ユニットで味覚をいじろうかとも思ったが、円滑な人間関係を構築する妨げになるだろうと踏み止まる。物事へ対する感想の齟齬も親密な関係へ進展する弊害となるだろう。
(………………。この三人は、どんな感じでするんだろう……)
昨夜の事を引き摺っているのかそんな淫猥な事を考えてしまう。そんな自分にびっくりしてギャグマンガばりに自分の顔面を殴ってへこませたくなった。ギャグマンガなら次のページになれば治っているだろうが現実はそうではないのでやめておく。
「にしてもいつぶりなんだろうな、こんな大掛かりな作戦が行われるのは」
「さぁ……? 最低でも二年近くはないんじゃないかな。俺が入隊してから一度もないし」
そうカルスが反応する。
「まさか異種交配の研究なんてしてる奴らが見つかるとはな」
「疑いだろ?」
「結界があるし、調査内容からほぼ確定って話だ。しかも王都のすぐ近くにあるソイル山脈とは……大胆な奴らもいたもんだよな」
ロイの言葉にリーグが真剣な表情で答える。
「領主のフリーデンベルグ卿、名誉挽回の為に今回の作戦指揮を執ってるんだろ? 定期調査を長年に渡り怠ったとかで糾弾されて、かなり立場がやばいらしい。下の職務怠慢なんだろうけど……災難だよな、騎士様なのに」
「せっかく魔王が居ない時代に生まれたってのに迷惑な話だ、まったく」
ロイのぼやきに、チーズをもそもそ噛んでいた朝陽は耳を疑った。
「…………ん、なに? 魔王って言った?」
「ああ。それがどうかした?」
朝陽の問いかけに応じてくれたリーグは何食わぬ顔をしている。
「え、いや、なにそれ?」
「なにって朝陽……まさか魔王を全く知らないって事はないだろ?」
「全然知らない」
思いも寄らない単語に、演技を忘れて素で答える。
「え、もしかして朝陽、勇者一行の冒険譚を聞いたことないの?」
余程驚く事なのかカルスが声を張り上げた。今更取り繕うのも無謀なので素直に頷く。
「いるんだな、そういうやつ、この世に。親から聞かされたことないのか」
大変失礼な物言いでロイが驚きを露わにしている。
ここでへまして素性を疑われるのは軋轢を生みかねないので上手い言い訳を探す。
「そういうのまるで聞かされた事ないんだよね。田舎暮らしだったし、親は現実主義者だったから生活に役立つ知識以外教えて貰えなくて。山羊語と羊語には他の追随を許さないくらい精通してる自信あるよ? あはは……」
最後は笑って誤魔化す。自分で何を言っているか分からなかったが、ロイは「そいつはすげぇな」と感嘆の息を零した。強面なのに素直だ。朝陽だったらそんな事を言っている奴がいたら「ホントにわかるのかよ」と疑うだろう。
「しゃあねぇ、いっちょ俺らで教えてやるか! 朝陽ちゃん可愛いから親切にしておかないとな! 明日の準備もあるし手短にだけど」
カルスが言った。
褒められて悪い気はしないが、あぁ苦手なやつだと朝陽は渋い気持ちになった。
恋愛対象が同じ空間のいる時の無駄にテンションをぶち上げた男性的なノリ。友達が違う人間になってしまうような空気感と、自分の中に生まれるがっかり感。
朝陽は恋愛というものがいまいちピンと来なかった。
朝陽がする妄想といえば、ご主人様に見初められるとかお手付きになるとかそういう方向性だ。恋人といちゃついたり、夫婦で肩を並べ歩幅を合わせて生きて行くというような対等な恋愛関係は求めていない。
だから色恋を感じる場が得意ではなかった。
けれどこれは朝陽の感性であり、カルスの言動に罪はない。
愛想笑いを顔に貼り付けつつも、しかし興味を引かれる話題に朝陽は期待を込めた眼差しをカルスに向ける。神話研究部に所属している事もあり、冒険譚といったジャンルには目がない。現実のものであるならば尚更だ。
「勇者一行ってのは七人の英雄の事を指すんだ。勇者は六人の仲間を伴って聖剣を振るい、人類を滅ぼそうとしていた魔王を完膚なきまでに倒したんだ」
「……それだけ?」
どこにでもあるような簡潔な解説に肩透かしを食らう。
「まぁまて、今のは概略ってやつだ。まずは初代勇者の話からしていこう」
ロイが横槍を入れる。
「伝承にはこうある」
そう言って語り聞かせてくれた内容は要約するとこんな話だ。
とある国の民が暴君の敷いた圧制に苦しんでいた。
非道を見かねた一人の青年が、国を救う為に『光の大精霊』と契約した事から勇者の伝説は始まる。
人々を救う力が欲しいと願う真摯な気持ちと純粋な優しさに魂を揺さぶられた『光の大精霊』は、世界中の光を集めて聖剣を紡ぐと青年に授けた。
そして『光の大精霊』は青年に宿り、肉体に【不死の加護】を与える。そしてそれは、聖剣を持てば【勝利の約束】に変換される。さらに両者を繋ぐ【運命の意図】も付加される。
その圧倒的な力を以て青年は暴君を失脚させる事に成功し、物語は大団円を迎えた。
――かと思われていたのだが。
そこで一つ問題が起こる。
光を集めて聖剣を作る間、世界は闇に覆われた。その時に『魔王』が誕生したのだ。
『領域』から呼び寄せた大量の眷属――『災禍の魔獣』を従えて、魔王は人間を滅ぼそうと猛威と悪意を振り撒く。大挙して押し寄せた異形の軍勢に人類は蹂躙され、劣勢を強いられた。
聖剣を携えた青年は己の招いた事態を収拾する為に冒険に出て、艱難辛苦を乗り越えた末に見事に魔王を討伐せしめて勇ましき者――
「勇者と呼ばれるようになった」
ロイは子供のように興奮し、まるで自分の武勇伝でもひけらかすように得意げだった。勇者の冒険譚がよほど好きなのだろう。
(『領域』ってなんだろう?)
知識に無い語句ではあったが、今性急に知ろうとしなくてもそのうちわかるだろうと一旦流す。
「へー……そんな伝承があるんだな」
実話だったら面白いなと半信半疑に思いながら朝陽はそう言う。ロイはさらに口の端を釣り上げた。
「だが物語はここで終わらなかった。世界が闇に覆われた時の事をノーラ教では『
「まて、俺にも話させてくれ」
リーグが申し出る。軽快に物語を紡いでいたロイは「おう、んじゃ任せようかね」と気前良く話の主導権を譲渡した。引き継いだリーグは揚々と語る。
「その後も魔王は定期的に現れたんだ。理由は未だにわかっていないけど、一説ではこう言われている。絶光している間に魔王を生み出す『何か』が生まれた。これが一番有力な説だ。だいたい百年に一度の頻度で魔王は復活する……発生するのかもしれないけど、歴史上幾度も現れては勇者の子孫に討ち果たされている。直近の戦いは十八年前に終わってるんだ」
そう話を締め括った。
「勇者の持つ能力について、もう少し詳しく話そうか。気になるだろ?」
そう言って返事も待たずに意気込んで話を続ける。遮る理由もないので大人しく聞く。
リーグが指を一本立てる。
「まずは【不死の加護】。どんな窮地に陥っても死なない力だ。どれ程の深手を負おうが、命を繋ぎ止められる廻り合わせに守護される。脳を潰されても心臓を抉られてもおかまいなしらしい」
二本目を追加する。
「次に【勝利の約束】。勇者は聖剣を装備すれば、いかなる勝負においても敗北を喫する事はなく、必ず勝利を掴み取れる」
三本目。
「最後に【運命の意図】。勇者と聖剣は何度離れてしまっても必ず巡り合えるんだ」
隙の無い能力だった。最終的に勇者は必ず聖剣を入手して絶対勝利能力を発現させる仕組みになっている。聖剣を所持していない空白期間も【不死の加護】で守護されている。聖剣を破壊すればいいのではとも思ったが【運命の意図】で必ず巡り合うなら言外に不壊能力でもあるのかもしれない。絶対に壊れない武器などは神話でもありふれている。
紛れもなく世界最強。完全無欠にして絶対無敵の存在だ。
運命操作の力。その性能はまるで、地球の神話に登場する数々の魔法道具のそれだった。
必ず心臓を貫く槍『ゲイボルグ』。投擲すれば必ず当たって尚且つ手元に戻る槍『グングニル』。所持する者に必ず勝利を齎す剣『勝利の剣』。
「すごいっちゃすごいけど……」
こういった戦闘用の能力を聞いた時に朝陽が抱く感想は『自分がそれらに絡んだら』という前提で捻出される。聖剣を使う勇者に敵対された時、付け入る隙がなさ過ぎる。厄介どころか絶望しかない。
「それ、明らかに強すぎない? 怖くないの? そんな無敵能力。悪用されたら対処のしようがないと思うけど……」
「悪用? 聖剣が?」
リーグは意表を突かれたように眉を上げた。うーんと唸りながら上を見つつ口を開く。
「たぶん、聖剣が悪用されることはないと思う」
勇者とは善行を積むものだとか正義の代行者という先入観でもあるのか、朝陽の抱く危機感は共有してもらえないようだった。
「勇者は何者にも犯されない善性を宿しているんだ。身体に宿る光の大精霊によって常に魂が浄化されるから、呪い、精神汚染、洗脳、幻覚の類は一切効果がないらしいし、性格も穏やかで人情に厚いっていうよ。まかり間違っても悪行を働くなんて事ないんじゃないかな」
「ふーん? なら大丈夫なのかも」
根拠はあったようなので納得しておく。理屈の欠陥を指摘出来る予備知識がなかった。
「でもなんか、
「あー……それな。言っちゃダメなやつなんだわ」
ロイが渋面を作った。
「え、なんで?」
「勇者を支援する団体ってのがあって批判がまずいっていうのもあるんだが、そもそも勇者に敵対するような気持ちを抱くの自体がまずいんだよ」
「勇者を倒そうとすれば【不死の加護】や【勝利の約束】に呪い殺されるってやつだろ? その団体もこの発想から始まってるんだよな」
横からカルスに言われて、ロイは頷いた。
「
朝陽が謝るとリーグが肩を竦めた。
「朝陽の言う事もわからないではないよ。俺達の親世代は魔王がいる時代を生きてるから結構しんどい経験してるし。朝陽の親がこの話をしてなかったのはトラウマでもあったのかもな」
「なんにせよ、どうせ一生縁のない話だろ」
カルスの言葉にそれもそうだと懸念を棄却した。
(魔王を生み出す『何か』……か)
ある日突然現れるという魔王。
(今代魔王が実は俺……なんてのは、まぁないんだろうけど)
自分が実は特別な存在かもとか、選ばれし者なんじゃないかとか、自意識過剰な妄想は容易く否定されてしまうのが世の常だ。
「つーか俺だけ全然朝陽ちゃんと喋れてないんだけど!」
不服そうに前のめりになっているカルスに残りの皆で苦笑する。
この場の全員が食事を胃に収めきって一息つき、もう少しだけ日常会話に花を咲かせて解散した。
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