30話 世界を救った英雄 (フリーデンベルグ視点)
カツン、カツンと、硬質な足音が響いていた。
暗い、とても暗いところだった。
リュクセイヌの王城、その地下牢。
そこに、キルスフェルト・フリーデンベルグは投獄されていた。
「…………」
音もなく、光も僅かばかりしかない死んだような暗闇を破る、規則正しい歩み。
それが、自分の方へ向かってきている。
何の事前情報がなくとも、彼はそう確信していた。
カツンッ。
格子の向こうで足音が止まる。
そこに立つ人物を視界におさめるやいなや、気が重くて項垂れていたフリーデンベルグは機敏に立ち上がると、即座にその人物の前に歩み出て跪き、恭しく頭を垂れた。
「王。あなたのような高貴なお方がこのような所へ足を運ぶなどあってはならないこと……」
「よくも私の期待を裏切ってくれたな、キルス」
返答は、静かな声音だった。だが、そこには強い怒気が含まれていた。
それにフリーデンベルグは震える。
女王ローナリーチェが、厳かに告げる。
「お前にはこれから、一生をかけて己の罪をこの牢獄の中で償ってもらう」
それはもう、わかっていた。
ここに、王城の地下牢に入れられるというのはそういう事なのだと、騎士であるフリーデンベルグは理解していた。
「お前のやってきた事を調べた。結果、一つ分かった事がある。キルス……父親の意志を継いだな。ソイル山脈で行われた異種交配の研究は、お前がまだ子供だった頃から始まっている」
「…………はい」
フリーデンベルグは正直に肯定する。
「だがしかし、そんなことは関係がない。お前がやってきたことは、変わらない」
「……わかっております」
「それでも私は、言いたいことがあってここに来た」
どういう事だろうかと、不思議に思った。
王は随分感情的になっているのか、話に脈絡がないように感じられた。
「フレイアとシア、それから朝陽という者からも話を聞いた。私は概ね、この件の全貌は把握しているつもりだ。その上で言う」
フリーデンベルグは顔を上げ、王の目を正面から見据えた。
「お前がやった事は許されぬ。禁忌である異種交配の研究も、フレイアへの度重なる卑劣な横暴も。だがそれでも……国や人々の未来を憂いたその心だけは、認めよう」
王は厳しい表情を崩さない。
「だから教えておく。聖剣が失われた」
「…………!!」
「故に、フレイアはもう勇者とは言えない。滅びの運命は、回避されたと言っていいだろう。私自身、かの予言には悩まされていた。だがそんなはずはないと、あの子が世界を滅ぼす事などありはしないと、目を逸らしてきた」
王は諦念したように、肩を落とす。
「朝陽という少女は、異世界から来たらしい。聖剣に……フレイアの無意識に召喚されてな。世界の外側から招かれ混入された異物によって、この世界の運命はおそらく別の道を辿り始めた。異世界が如何なるものか、私にはわからない。あるいは聖剣が己の孕む運命を覆す為に異世界なんて存在を捏造してみせたのかもしれん」
そこで王は一拍置いた。
「…………なんにせよ。なんにせよだ」
少しだけ優しい声で、自身に仕えた愚かな騎士に伝える。
「キルス、そなたと父の悲願は成就した」
その言葉に、フリーデンベルグの胸と瞳から、熱いものが込み上げる。
「そなたの行動によって、勇者は救いを求め、異世界から己の勇者を呼び寄せた」
王は、言う。
「キルス、よく世界を救ってみせた」
これは、せめてもの手向けであり、慰めなのだろう。
「勿体ないお言葉でございます……」
深々と頭を下げたフリーデンベルグの頬を、涙が一条、流れる。
――『父上! あなたは間違っているのではないのですか!? 世界が滅びるとしたら、それは人が人を信じられなくなった時ではないのでしょうか!?』
かつて己が父に向って叫んだ言葉。
同じ言葉を口にした竜胆朝陽が、自分たち親子の願いを叶えてくれた。
それに感謝するように、フリーデンべルグは静かに瞳を閉じた。
『昏い少女は朝日を
あなたが望んだメイドさん ~メイド服を着た男の娘が異世界転移して小さな女騎士の従者になります。でもこの異世界かなり過酷で苦しいな……~ 軽本かく @kentin3228
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