第9話

 朝比南高校のクリスマスイベントも無事に終わり、冬休みも足早に過ぎ去ってしまった。

 綾瀬や十文字は三学期を迎えて、いつものように二年A組の教室で高校生をしていた。二人の距離は相変わらずだった。クリスマスイベントや年末で忙しく、なかなか二人きりになる状況にめぐまれなかった。

 一月のある寒い日の午後。綾瀬は化学室にいた。生徒会担当の高嶋教諭に、クリスマスイベントの資料を持ってくるように言われたのだ。昼食をとる前に片づけてしまうつもりだった。

「どこにおいたかなあ」

 綾瀬は教室の中を探していたが、見つけることができなかった。どこにしまったのか、完全に忘れてしまっていた。

「準備室だったっけ」

 ためしに化学準備室への連絡ドアひねると、カギがかかっていなかった。そういえば以前ここで足を握られたことがあったと、その時の情景を思い出し一人ほくそ笑みながら中へ入った。

「きゃっ」と悲鳴を上げてしまった。なぜなら、準備室の床に生徒が倒れていたからだ。

 急病人だと思った綾瀬は、先生を呼ぶよりも先に彼に駈け寄った。どうしたの、大丈夫と声をかけて、そっと身体をゆさぶった。

「うう寒い、ってか眠い。もうちょっと寝かせてくれよ」

「え」

 床に転がっていたのは十文字だった。綾瀬に背中を揺すられると、ボリボリと尻を掻いて大きなアクビをした。

「ちょっと十文字君。ひょっとして寝ているの」

「ああ、ううん。昨日は一晩中ゲームしてたから」

 気持ちよさそうに寝返りをうったとき、ようやく異常に気づいたのか跳ね起きた。

「って、誰」と叫んだ。

 ややあきれた表情の綾瀬と目が合って一瞬混乱し、さらに数秒の時をおいて混乱は続いていた。

「綾瀬さん。どうして俺の部屋に」    

 自分の部屋に、しかも寝起きの男のベッドに綾瀬がいることが信じられなかった。いつの間にそういう親しい関係になってしまったのかと、心の片隅にあるなにかがポッと燃える男子高校生であった。

「しっかりしないさい。ここは化学準備室でしょ」 

 綾瀬を三秒ほど見つめた後、十文字は弾かれたように周囲を見渡した。

「ああ、そうだった。ここ学校だよ。なんだよもう」

 寝ぼけていたことを理解し、綾瀬が自分の部屋のベッドの脇にいるというのが妄想だと知って、少しばかりガッカリしていた。

「どうして床なんかに寝てるのよ。風邪ひいちゃうでしょう」

「なんか眠くてさあ。椅子に座ったって腰が痛くなるだけだし、床に寝たらいいのかなあと思って」

「ほんとにもう、信じられないわ」

 二人は椅子に座って話すことにした。

「綾瀬さんは、どうしてここに」

「高嶋先生からクリスマスイベントの資料を持ってくるように言われたの。それがどこにしまったのか忘れちゃって、どこを探しても見当たらなくて」

「それって、ひょっとして、あの時の段ボールか」

「知ってるの」

 綾瀬の表情がパッと明るくなった。対照的に、十文字の様子に翳がかかっている。やってしまった、とのバツの悪そうな顔だった。

「いや、じつは、そのう、ゴメン、綾瀬さん。あれ、捨てちゃったんだよ」

「ええー」

 当然、非難する声である。

「ゴミは全部始末しとけって近藤先生に言われてさあ。終わった資料はもう使わないと思ってさ。ははは」

「ははは、じゃないっ。もう、どうするのよう」

 綾瀬は頭を抱えていた。優等生なフェローにとって、資料の紛失などあってはならない事態なのだ。

「俺、高嶋先生に謝りに行くよ。綾瀬さんは悪くないって、ちゃんと言っとくから」

 十文字は言い訳をしなかった。

「それはダメ。私がしっかりしてなかったのも原因だから。十文字君だけに責任を押しつけるわけにはいかない。それに高嶋先生って男子にきびしいでしょう。きっと何かされるよ」

 高嶋教諭は身長が高く筋肉質な男だ。コワモテで知られており、悪さをした男子生徒には容赦がなかった。

「うう、たしかに。女子だったら怒られないかも」

 そのかわり、女子にはトロけるように甘かった。とくに美少女には目がなく、生徒会役員でもない綾瀬になにかと声がかかるのも、彼の趣向の反映だ。

「私がちゃんと話すから」

「いや、それは悪いよ。綾瀬さん、下手したら高嶋のエジキになってしまうよ」

「大丈夫大丈夫。女は度胸よ」

 ポンと胸を叩いて、私にまかせないさいと言った。

「じゃあ、そうするよ」

 すんなりと受け入れてくれたので、綾瀬は安心した。それでは元気よく謝ってこようと立ち上がろうとした時、十文字が思い切ったように口を開いた。

「綾瀬さん、お詫びと言ったらなんだけれど、俺におごらせてくれないか。昼飯食べてないのなら、連れて行きたいところがあるんだ」

「お昼はまだだけど、どこに行くの」

「前に話しただろう」

 綾瀬はなんのことだかわからないでいた。

「とにかく行こうよ。すぐそこだから」

「ああ、ちょとまって」

 十文字は綾瀬の上着の袖をつかんで引っ張った。そのまま強引に連れて行こうとする。

「どこに行くか知らないけど、先に高嶋先生へ報告しないと」

 その提案を十文字は受け入れた。

 案の定、高嶋教諭は綾瀬を責め立てなかった。いやむしろ、シュンと申し訳なさそうにしている彼女を気づかい、心配するなと笑みを浮かべながら肩に手をかけた。しつこく手を置くので、顏が引きつる優等生であった。これなら怒鳴られたほうがマシだと、内心では思っていた。  

 ようやく職員室を出ることができた綾瀬を引き連れて、十文字は学校を抜けだした。裏校門から人目を気にしながら、こっそりと脱出するのだった。

「もう、どこにいくのよ」

「いいからいいから」

 十文字と綾瀬は、朝比南高校のすぐ裏手にある駄菓子屋にやってきた。古い民家の軒先を商店にした、昔ながらの郷愁を感じさせる店だ。店主もいい感じに熟成された老婆であり、その薄暗い店内に椅子を置いて、ヌシのように鎮座していた。

「ばあちゃん、ばあちゃん、今日はお客を連れてきたよ」

「なんだい、そんなにデカい声を出さなくても聞こえるよ」

 老婆が椅子から立ち上がった。身体は小さくて腰も曲がっているが、動きは意外と敏捷だった。

「ほう、めんこいねえ。どこで拾ってきたんだい」

 老婆は綾瀬にくっ付くくらいに接近して、下から舐めるように見上げた。

「いや、クラスメートだから」

「で、いくらで買ったんだい。二万か」

「ばあちゃん、綾瀬さんはそういうひとではないんだよ」

 二万の意味がわからず、綾瀬はただ愛想笑いをしていた。

「このばあちゃんさあ、いい人なんだけど死ぬほど口悪いから。あんまり気にしないように」

 十文字がそっと耳打ちする。

「口は悪いが、耳はいいぜよ。聞こえとるがな」

 二人とも苦笑いをした。

「そんで、今日はなんにする」

「そうだなあ、綾瀬さんもいることだし、ちょっとばかり豪勢にいこう。ブタと海鮮のミックスで。もちろん二人前」

「あいよ」

 駄菓子屋なので、狭い店内にはたくさんの駄菓子が並んでいる。学校帰りの子供たちが来るにはまだ時間が早いので、客は十文字と綾瀬のみだ。奥のほうに鉄板焼き専用のテーブルが一つあった。二人はそこに座った。老婆は居間にあがって、なにやら食材の仕込みをしている。

「もうわかったよ。前に言っていたお好み焼きでしょ」

「正解」

 十文字が胸を張った。  

「おごってもらうなんて悪いわ、と思ったけど、やっぱりおごってもらうかな。アルバイトに励んでいる十文字君は、さぞかしお金持ちだろうから」

 意地悪そうな、それでいてクスクス笑う綾瀬の雰囲気が、とても心地よいと十文字は感じていた。

「バイトはやめたんだ。目標額が貯まったんでこれにて終了」

 十文字は昨年の末でアルバイトを辞めていた。

「貯めたお金をどうするの。貯金かな」

「ドラムセットを買うんだ。ずっとほしかったんだよ」

「持ってるじゃないの」

 綾瀬は十文字の部屋でドラムを見て、そして聴いてもいる。

「あれはシンセドラムだから。生ドラムっていうか、ちゃんとしたアコースティックドラムがほしかったんだ」

 十文字が割り箸をもって、机を叩きだした。ドラムセットが買えることが嬉しくてたまらないといった様子だ。

「それで、いくらぐらいするの、そのセットは」

 その金額をきいて、綾瀬は目を丸くした。

「床屋さんにも行かないで、制服も先輩からのヨレヨレのおさがりで、そんなに貯めこんでいたのね。あきれた」

 本気で呆れ顔をしている綾瀬に、十文字はヘラヘラと笑って誤魔化していた。

「ほうれ、仲のいいお二人さん。それじゃあ、焼くでえ」

 材料をお盆にのせて、老婆がやってきた。ボウルの中身を鉄板の上に流すと、慣れた手つきで焼き始めた。ジュージューと食欲を刺激する音が響き、いい匂いが充満していた。

「おいしそう」

 これには綾瀬も目を奪われた。ちょうどお腹が空いていたので、ワクワクしながら見つめていた。

「あ、ばあちゃん、その大エビはたのんでないよ」

 老婆が巨大なエビを二匹ずつ、それぞれの玉の上にのせた。海鮮ミックスの中には含まれない食材で、もちろん値段も相当高かった。

「今日はさ、このババの腰の具合がいいんで、おごりだよ。おまえみたいなコジキ男に、こんなにめんこいつれ合いができた記念じゃて」

 老婆に恋人同士だと思われたようだ。お好み焼きに見入っていた綾瀬が慌てて手を振った。

「クラスメート。そうよねえ、十文字君」

「そうそう、俺たちクラスメートだから」

 言い訳をする若者二人に対し、目の前の煙が邪魔だとばかりに手を振る老婆であった。

「ほうれ、できたでえ。ババの駄菓子はマズいけれど、これは美味いぞ。たっけーエビものせてるしな」

 ソースとマヨネーズをたっぷりとぬり、青のりを振りかけた。香ばしい匂いが立ちのぼる。見るからにおいしそうだ。

「なにぼさっとしとる。熱いうちに食わんと固くなるがな」

 二人は両手を合わせて、同時に言った。

「いただきます」

「いただきます、ばあちゃん」

 十文字よりも先に綾瀬がヘラをいれて、プリップリに焼けたエビと生地とを同時に口の中に入れた。

「エビ、このエビが」

 はふはふと、口の中で悶えながら綾瀬が言う。

「死んじゃう。美味しすぎて死んじゃう」

「な、うまいだろう。ばあちゃんのお好み焼きバカうまなんだよ。生地にダシがすごくきいてるんだ」

「そうじゃろ、そうじゃろう」

 うまそうに頬張る高校生たちを見つめて、老婆は満足そうに頷いた。昔ながらの古めかしい冷蔵庫からラムネを持ってきて、ドンとテーブルの上に置いた。

「ほれ、こっちは冷たいうちに飲めや。これもおごりだ」

「サンキューばあちゃん、今日は気前がいいなあ」

 無邪気に喜ぶ十文字であったが、彼のツレは不満げだった。

「おばあちゃん、ダメです。ちゃんとお金を払いますから」

 毅然とした態度だった。綾瀬らしい律義さを見せた。

「いいんだよ。こんなもの。なんぼもないで」

「いいえ、払います」

「綾瀬さん。ばあちゃんがおごってくれるんだから、素直にもらおうよ」

 おごることが老婆の心を喜びで満たしていると、十文字はわかっていた。断ることは、かえって傷つけてしまう。

「いいえ、払います。このおっきなエビの分も払いますよ」

 鋭角的で断定的な物言いに、彼女を説得するのは無理だと十文字は思った。

「十文字君が」

「ええー、俺かよ」

 老婆がゲラゲラ笑った。一本とったとばかりに、綾瀬は得意そうに腕を組んでいた。

「あんなに高い物を買うぐらいお金を貯めたのだから、払うのは当然ね。いくら持ってるの」

「エビの分は計算に入れてないから、そんなにないよ。ええっと三千円ぴったし」

 尻のポケットから財布を取りだして、しぶしぶと中身を確認する十文字であった。

「ちょっと、かしなさいよ」

 綾瀬がその薄っぺらい財布を素早く取り上げると、中身の三千円を抜きとって、それを老婆に渡した。ああ~と、なさけない表情を浮かべる十文字へ、カラになった財布を返した。

「これで足りますか」

「十分だ。かえって、つりがでるでよ」

「それはいいです。とっておいてください」

 ニッコリと意味ありげに笑みを浮かべる女子高生に、老婆は年季の入った笑みを返した。

「おいコジキ男、この娘を大事にするんだぞ。おめえが食えなくても、この娘には腹いっぱい食わせてやれ。こりゃあ、しっかりした嫁になるで」 

 人生の大先輩にそう評価され、まんざらでもない綾瀬だったが、慌てて手を振って否定しなければならなかった。

「クラスメートです。十文字君は、あくまでもクラスメート」

 ははは、と十文字が元気なく笑っていた。

 綾瀬と十文字、老婆をまじえてのお食事会は良き団欒となった。釣銭のお返しだと店主が駄菓子を持ってきたので、それらをつまみにしながら、楽しい時間を消費していた。

「へえ、來未ちゃんもよく来るんだ」

「ここはあいつの溜まり場だよ。家にいないと思ったら、ばあちゃんに駄菓子ねだってるんだ」

 常に勝気で攻撃的な十文字來未は、敵が多くてよく一人ぼっちになる。そういう時はこの駄菓子屋に来て、老婆相手に愚痴をもらすのだった。

「あいつの口の悪さは、ばあちゃんゆずりだよ」

「人生、なにごとにもナメられたらイカン。ケンカに負けんようにな、いいだけ仕込んだで」

「仕込み過ぎなんだよなあ」

 イカ風味のスナック菓子をボリボリやりながら、十文字がぼやく。

「そういえばな、來未っ子のツケも、だいぶんたまっとるで」

「それはお兄さんがキッチリ払っておかないとね」

「もう、ないよ。かんべんしてくれって」

 十文字は苦笑いしながらカラになった財布を振った。

「そんじゃ、ババは後片付けしてくるで。おまえさんたちはマズい駄菓子でも食ってな」

 老婆は、食べ終わった食器類をお盆にのせて行こうとした。綾瀬が手伝おうとするが、いいからいいからと制止し、そのまま居間へと上がっていった。二人はあらためて向かい合った。

「綾瀬さん」

「なに」

「歯に青のりが付いているよ」

「え、うそ」

 綾瀬があわてて口を手で隠した。すぐにポケットから手鏡を出すが、十文字が見ているのでやりにくそうに身をよじった。

「冗談だよ。付いてないよ」

「え」

 見えないように椅子の上に伏せて鏡を見ていたが、冗談と聞いて起き上った。十文字がニヤついている。

「このう、意地悪ドラマーめ。こうしてやる、こうしてやる」

 青のり缶を持った綾瀬が、十文字に向かってそれを振りかける動作を何度もやっていた。やめろやめろと言いながら、男子高校生はあきらかに楽しんでいる様子だった。

「へえ、君たち、すっごく仲いいのね。付き合ってからどれくらいなの」

「は、」

「へ、」

 青のりの缶を、二人して握ったところで固まってしまった。石膏のようになった頭部をギリギリと回した。

「ちょっと、ナオミ。邪魔しちゃだめだって」

 テーブルのすぐ脇に二人の女子高生がいた。

 いつの間にか来店していて、いつの間にかそこに立っていた。綾瀬と十文字はじゃれあっていたので、気づかなかったのだ。

「だって、後輩にこんなの見せつけられたら、ぜひともお邪魔したくなるじゃない。千早だってそう思うでしょう」

「そう思うのは、ナオミだけだって」

 三年生のナオミ・K・ブルベイカーと新妻千早(にいづまちはや)だった。

「ごめんなさい。邪魔するつもりはないのよ。ちょっと、お菓子を買いにきただけだから」

 千早にそう言われて、二人はやっと解き放たれた。握り締めていた青のり缶から手を離して、はははと愛想笑いをしている。

「ブル姉さんと新妻さんもよく来るのですか」

 じゃれあっていたことをこれ以上追及されぬように、十文字が話しかけた。

「あらあ、あなたって、わたしたちと知り合いだったかしら」

「いえ、その、こっちが勝手に知っているだけでして」

 朝比南高校で、三年生のナオミ・K・ブルベイカーを知らない生徒はいない。

 彼女は両親ともに日本在住のアメリカ人で、人種は白人となる。日本で生まれ育ったので、当然のごとく言葉は流暢だ。

 金髪碧眼の白人は、突きぬけたような美貌とモデル顔負けのスタイルの持ち主で、全校生徒、とくに男子には絶大な人気がある。無邪気で茶目っ気の利いた性格も男心をくすぐってやまない。二年生以下の男子からは、いや三年生男子からもブル姉さんの愛称で呼ばれている。もちろん、十文字の極秘ノートにも詳しく記載されている。

 また、ブルベイカーの天然さをいつもフォローしている親友の新妻千早も有名人だ。

 父親が日本人と母親がアメリカ人のハーフである。母方の血を色濃く引いていて、パッと見は白人の外国人に見える。その面倒見の良さから、とくに後輩からは慕われる存在となっていた。

「君たちは二年生ね、フフ。この駄菓子屋さんで密会デートとは、やるわね」

「私たち、とくに付き合っているということじゃないんです。ただ一緒にお昼を食べに来ただけでして」

「それを付き合っているというのじゃないかしら」

 ナオミではなくて、千早が言った。綾瀬は言い返すべき言葉を見失っていた。

「いいえ、それはないです。だって俺と綾瀬さんじゃあ、ぜんぜん釣り合わないし」

「へえ、そうなの」

 ナオミが十文字の顔に自分の顔をくっ付けるばかりに近づけて、その深く沈んだブルーの瞳で見つめた。

 校内一の美女にキスされるほどに異常接近され、その男子はドギマギしていた。

「ほんとだー。これじゃあ、つりあわないね」

 ほんの一瞬、綾瀬の方を見た後、そう言い放った。

「もう、ナオミ。こっちに来なさい」

 千早が小言をぶつけながら、親友を引っぱっていった。

「あれ、あんたらも来てたのかい」

 老婆が店に出てきた。ナオミと千早には常連客への態度だった。

「またサボってんかいな。しょうがないねえ」

「三年生はもうやることないから、ヒマなのね」

 三年生の三学期は受験シーズンへと突入している。ナオミと千早は、すでに進学先が決まっているので、あくせくすることはないのだ。

「私たちはいいけど、二年生は普通に授業があると思うのだけれども」

 千早がそういって、テーブル席を見た。その声をしっかりと聞いていた二人は、あれえ、という表情をした。

「ああー、マズい。昼休みとっくにすぎてるよー」

「え、うそー」

 昼休みはとうに過ぎていた。二年A組の授業は四時間目に入っている。よりによって、愛子担任の科目だ。

 二人はあたふたと席を立ち、三年生に一礼すると、同時に店を出ようとした。

「ちょっとー、一緒に帰ったら誤解されちゃうでしょう。十文字君は後から来なさいよ」

「そ、そうだな、俺は遅れて行ったほうがいいか。てか早退したほうがいいか」

 恐妻に叱られ、追い立てられているようだった。結局、二人はそのまま店を出た。

「あの二人、青春してるね。なんか、うらやましいなあ」

 ナオミは、イカ味のスナック棒をサクサク食べながら感想を述べた。

「さっきは言い過ぎたんじゃない。あの男子、けっこう傷ついたかもよ」と千早。

「だってつり合ってないじゃん。男子はすごくいいけど、女子がイ・マ・イ・チなのね」

「ナオミの男を見る目って、不思議でならないわ」千早は本気でそう思っていた。

 老婆がお茶をもってきた。「ばあちゃん、サンキュー」と、ナオミは遠慮なくズズズっとすすり、千早は丁寧にお礼を言った。


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