第24話

 連休明けの朝比南高校。

 生徒たちは連続した休日の余韻を苦にしながらも、日々学園生活を続けていた。より親密な仲となった隼人と穏香は、A組内では、そ知らぬフリをしている。

 二人が付き合っていることは、担任の近藤教諭以外は誰も知らないままだ。クラスメートには、相変わらずすっとぼけていた。

 化学教室での密会デートは続いていた。しかしながら、愛子担任が頻繁に現れるようになってしまった。いき過ぎた行為をしないように監視が半分、もう半分はやっかみ混じりのひやかしとなった。

「しっかしなあ、綾瀬さんに男ができるとはねえ」

 放課後、化学準備室で、隼人が用意した渋い緑茶をずずっと啜りながら、愛子担任はしみじみと言った。

「ま、まあ、自分でも意外です」穏香は苦笑いだ。

「意外なのは、その相手がよりにもよって十文字だってことだよ」

「すみませんでしたね、俺で」

 担任は、ポケットからスルメのゲソを取り出した。自分のクラスのフェローに食うかいと差しだすが、穏香は苦笑いしながら断った。思い出したかのように隼人にも差しだす。彼は素直に受け取った。

「綾瀬さんのファンって、けっこういるんだよ。とくに下級生に人気でさ、わたしのとこにも、それとなくきいてくるんだよなあ」

「それは、ちょっとうれしいですね」

 モテて喜ばない人間はいない。穏香は、ふふっと笑みを浮かべる。

「先生、そんな奴らは無視してください」

 彼氏としては、当然おもしろくはない。だが、穏香ほどの美少女であれば人気がないはずはないとも思っていた。

「それがさあ、奴らばかりではないんだよ。とくに二年生の女子に熱烈なのがいるんだ」

「それはちょっと困ります。無視してください」

 同性からモテるのは、少しばかり複雑である。。

「それにしてもあんたらのことだ。夜中でもケイタイとかで話してるんだろう。ああ、チャットアプリがあるもんな.毎晩寝る前にせわしなく打ち込みまくっているか」 

「それが、十文字君はそういったものを持ってないので」

「なにー、おまえ持ってないのかよ。あんな高そうなドラム買ったくせして」

 ははは、と隼人は笑って誤魔化していた。

「まったく見かけ通りだな、おまえってやつは。明治生まれっていっても信じてやるぞ」

「ほんと、お金の使い方が偏りすぎるの」

 彼女にそう言われても、隼人は笑うだけだった。しばらく話をした後、近藤教諭は職員室へと戻った。

「さっきは持ってないと思わせたけど、じつは手に入れたんだよ。ジャジャーン」

 隼人はポケットから取り出したものを、これ見よがしに突き出した。

「え、ケイタイじゃないの。どうしたの、盗んだの」

「人聞きの悪いこというなよ。母さんが買ってくれたんだ。彼女ができた記念だってさ」

 あのネチネチと嫌味なことを言う母を思い出して、穏香は苦笑いである。

「そのストラップって、あの時のじゃないの」

「そうだよ、穏香がゲットしてくれた大吉のストラップだ。これは縁起物だからね」

 穏香が隼人の手からケイタイを奪い取った。

「ちょっと古い機種よね」

「安かったんだよ。実質0円だった」

「じゃあ、浮いた機種代で、これからのデートは全部隼人のおごりね」

 隼人の口元が引きつっていた。

「さっきは、なんで黙っていたのさ」

「近藤先生に見せたら、きっと番号やその他を教えることになるだろう。そうしたら、いろいろとうるさいじゃないか。とくに酔っぱらった時なんか」

 愛子担任の酒癖の悪さは、生徒たちにも周知の事実だ。酔っぱらって、夜な夜な連絡されたら面倒だと考えたのだ。

「それもそうね」

 穏香はさっそく自分の情報を登録した。

「これで、いつでも呼び出せるね」

「俺、チャットアプリとか使えないから」

「まあ、文字でやり取りするのは私も好きじゃないの。直接声をききたい」

 穏香がスマホを返そうとすると、隼人はそれを彼女の手ごと握った。そんなことをされても、もう照れる間柄ではない。二人の隔たりが限りなくゼロに近づき、唇と唇が触れ合った。また近藤教諭が来るかもしれないので、ほんの数秒間だけだったが、それは充実したキスであった。

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