第2話
「十文字君、昨日、私待っていたんだから」
一時間目の授業が終わると、十文字の席にさっそく綾瀬がやってきた。昨日の約束をすっぽかされたので、あきらかに怒っている様子だ。
「え、あ、そうだったっけ。忘れてたわ」
全く反省していない態度だった。綾瀬はさらになにかを言いかけたが、その言葉をぐっと飲み込んで、A組のフェローとしての適切な言葉をさがしていた。
「ちょっと十文字、それってヒドくないか。綾瀬は、あんたのために先生にまで怒られたんだぞ」
窓際でその様子を見ていた友香子が割りこんできた。同じクラスの女子として、綾瀬が軽んじられていることに我慢がならないようだ。
「そうだよ。綾瀬さんが可哀そうだよ」修二も加勢した。
「だいたいおまえはケイタイも持ってないから、連絡のしようがないんだよ」
田原までも参戦する。普段はけっこうふざけ合う仲だが、この時に限っては違った。綾瀬と十文字では、どちらに味方するかは自明なのだ。
「それくらい買えよ」と言いかけた友香子がとっさに口をつぐんだ。一瞬、その場の空気が硬くなった。
ここで十文字隼人という生徒について述べなければならない
十文字隼人の風体は、普通の高校生男子とは大分違った。
まずはその特異な髪型だ。もともと天然パーマな気があるうえに、クラスの連中から超絶ネグセとか絶好調ネグセとか言われるほどの寝ぐせが重なり、大型猛禽類の巣のようにボサボサだった。アフロヘアーみたいにチリヂリになっているわけではないのだが、伸び放題なので分量が多いのだ。たまに自分で切るのだが、肩にかかった毛をハサミで無造作にカットする程度だ。ボリュームがありすぎて、顔の輪郭がわからないほどになっている。
次に目につくのは、メガネである。
とにかく巨大で、レンズが顔の上半分を隠していた。しかもサングラスほど濃くないが、色付きなので素顔がわからない 皆からは、コスプレメガネとか不審者メガネとか言われていた。
彼の服装は、もちろん朝比南高校の制服なのだが、ヨレヨレでほころびだらけのブレザーに破けたズボンをまとっていた。シャツも替えがあまりないのか、皺だらけで襟元は黄ばんでいた。上から二つ目までのボタンがないので、常に首元が開いていた。
ネクタイもしっかりと締めことはなく、ただ引っかけているだけという有り様だ。教師もそれとなく注意しているが、強くは踏み込めないでいた。制服を新調するには金銭の問題が絡む。その振舞いと様相から、十文字の実家は相当な貧困家庭だと誰もが思っていたからだ。
「とにかく遅刻はしないで。目覚まし時計がないのだったら、私のをあげるから」
綾瀬にそこまで言われると、なにかと鈍感な十文字も、さすがにマズいと思ったようだ。
「ゴメン、綾瀬さん。ゴメンな」
十文字はシュンとなった。生活態度はズボラではあるが、人間関係をおろそかにする男ではなかった。自分の軽はずみな行動の結果、綾瀬を傷つけてしまったと、素直に反省していた。
ゴメンゴメンと何度もあやまる姿に、ただでさえ見てくれが憐憫を誘うだけに、十文字を責めた生徒たちは、言い過ぎたんじゃないかと後ろめたくなった。
「あははは、まあ、遅刻なんて誰でもするじゃん。あたしなんかさあ、中学の時はよくやったよ」
「まあ、最終兵器・友香子は、朝が苦手だったな」
「うるさい。それを言うな、バカ修二め」
友香子と修二が小突き合いながら、じゃれ始めた。
「お、ラブラブ漫才が始まったぞ」
田原が二人を冷やかしてゲラゲラと笑う。気まずさと重々しさが解消されて、その場の雰囲気が和んできた。十文字は明日からは遅刻しないと約束した。綾瀬は笑顔になって、ウンと頷いた。
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