第5話 巨人族に囲まれたウサギ

うとうとしたまま眠りに落ちていたゆうきは、目を覚ますと、そこが飛行機の中だと気付いた。


(え……なんでここにいるの?)

頭の中に疑問が渦巻き、パニックがじわじわと押し寄せてくる。


ついさっきまで叔父の話を聞いていたはずなのに、どうして飛行機の座席にいるのか?エンジンの振動と空調機の不快な音が耳元を離れない…


隣の席を見ると、堂々とした恰幅の良いロシア風の男性が座っていた。濃いひげと、腕毛がもじゃもじゃと生えており、見た目の威圧感がすごい。


通路を挟んだ反対側の席には、これまた同じような風貌の大柄な夫婦がいる。


「え……?ここって巨人族の世界……?」


隣の巨人族の男性の毛深い腕が、ゆうきの腕に触れた。その瞬間、くすぐったくて反射的に自分の腕をこする。


「???!!!」


だが、その感覚に違和感を覚え、もう一度、腕に目を落とした。


「え、なにこれ……!」


自分の腕のはずが、どう見ても筋肉質の男性の腕だ。パニックになり、慌てて他の体も確認する――手、足、胸……全部、若い男の体になっている。


「いやいや、これ私じゃない!なんで男の体なの!?」


慌てて席を立ち、叔父に教えてもらったセイフティスペースへと逃げ込む――ゆうきは、狭い機内のトイレに鍵をかけ、鏡に映った自分の姿を見た。そこに映っていたのは――。


「これ……健太郎オジサン!?」


鏡の中の男性――それは若いころの叔父・健太郎の顔だった。驚いて自分の頬を平手で叩いてみるが、痛みとともに腫れ上がったのは健太郎の顔だった。


「嘘でしょ!これって夢?夢だよね!?」


何度も自分の顔を叩くが、現実は何も変わらない。


「なんなのこれ……マンガなの?!」




ゆうきが混乱する中、飛行機は着陸態勢に入るというアナウンスが流れた。


仕方なく席に戻ると、隣の巨人族の男性が、身振り手振りでリュックを置きっぱなしで、席を立たない方がいいと教えてくれた。


「え、いや……ありがとうございます…今それどころじゃないんだけど……」


飛行機は大きな音を立てて着陸し、機内に拍手が沸き起こる。


「……拍手??無事に着陸するのがそんなに凄いことなの?」


心の声が漏れたが、隣の巨人族のオジサンは英語で親切に話しかけてくる。とはいえ、今のゆうきにはそれを理解する余裕もなかった。


(やばい……私は男の体で、しかもスマホがない……!)




慌ててリュックを開け、スマホを探し回る。しかし、リュックの中にはスマホも携帯電話も見当たらない。


「は? 何も持ってないの?」


周りを見回しても、他の乗客たちもスマホをいじる様子がない。


「嘘でしょ……もしかして、これは30年前?」


叔父が言っていた1994年のヨーロッパが、突然現実味を帯びてくる。混乱する中、ゆうきは冷静さを取り戻そうと深呼吸をする。


「大丈夫、私は英語が話せる……なんとかなる……」


子供の頃から英会話教室に通わされていたおかげで、言葉の不安はない。とりあえず、飛行機は無事にパリの空港に到着したようだ。


時刻は深夜22時過ぎ――。

だが、スマホがない状態で、どうやって旅を進めればいいのか全く見当がつかない。




着陸した飛行機が到着ゲートに向かう間、ゆうきは焦りながらリュックの中の手帳やチケットを確認した。


「えっと……平気で3時間も遅れてるじゃん!」


だが、遅延についてのアナウンスは特になかった。どうやら、遅延が当たり前のようだ。


「もう……なんなの?」


深夜の空港に降り立ったあと、自分がどう動けばいいのかもわからない。だが、今はとにかく空港を出てホテルに向かう必要がある。


「でも、ホテルの予約なんてしてないよね……?」


叔父の話では「予約なしで行くのが当たり前」らしいが、それが本当に通じるのか不安でいっぱいだ。




「落ち着こう……とにかく、今は落ち着こう……」


ゆうきは自分に言い聞かせるように深呼吸する。手帳にはいくつかの住所やメモが書かれているが、どれもどこを目指せばいいのかはっきりしない。


「……これ、本当に異世界転生とかタイムリープじゃない?」


次々と浮かぶ疑問に、混乱は増すばかりだった。


「どうして健太郎オジサンの体で、30年前のパリにいるの……?」


手がかりは少なく、スマホという現代の必需品もない。ゆうきは思わずため息をつき、リュックを抱きしめた。


「まぁ、英語ができるし、なんとかなるか……いや、なるのか?」


深夜の空港には、人がまばらで、静かな喧騒が響いている。これから何が起こるのかもわからないまま、ゆうきの心は不安と期待が入り混じったままだった。


「とりあえず……宿、見つけなきゃ」

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