第11話 セーヌ川沿いの実験
健太郎の動きが少しゆっくりになり、セーヌ川沿いを歩いて再びノートルダム大聖堂のあるシテ島へ戻った。早朝には入れなかったサント・シャペルに立ち寄り、ステンドグラスを見上げる。
左右に並ぶ縦長のステンドグラス、そして大きなバラ窓から差し込む光が、礼拝堂の中で複雑に交差していた。壁が少なく、明るく開放的な空間だ。
ただ、少し曇り空だったのが残念だった。晴天なら「光の交響楽」とまで称される光景が見られたかもしれない――そんな健太郎の脳内の感想が、ゆうきにも伝わってくる。
9月に入ったばかりのパリは、緯度が高い割には日差しが意外と強い。しかし、街路樹がその光を程よく遮り、からっとした空気が心地よい。セーヌ川沿いには人々の活気があふれ、観光客も地元の人も集まってくる。
川に対する敬意なのか、陽射しへの恋しさなのか――その理由はわからないが、人々が川沿いに自然と集まる様子は、見ていて飽きない。
(みんな、今年最後の夏を全力で楽しんでいるみたい……私みたいな人はいないな~私のここ数日は、周りからどう見えていたのかな…)
ゆうきは、自分を振り返りながら、勝手に動く健太郎の体に乗って、パリを街を満喫していた。ありがたいことに何も考えずに、次にどこに行くか迷う必要もない。建築ガイド付きで、あちこち案内してもらいながらパリを観光できる。
(いや~これ、楽じゃん!)
ただ――健太郎のファッションだけはどうしても我慢できなかった。
(この格好、さすがにパリでは恥ずかしい……)
観光客でにぎわう通りを歩くのが、まるで公開処刑のように感じられる。
ゆうきは、実験をしてみた。健太郎の自動運転モードに、若干の介入ができるかどうか…できるならば、恥ずかしい思いをしなくていい…。
おしゃれな日本人の女性グループが近づいてくると、物陰に隠れるのだ。バス停や広告塔の裏に身を潜め、街路樹の陰も上手く利用する。
(ふぅ……バレなかった! いいかんじ、できるじゃん!)
観光客たちが通り過ぎるのを待ってから、左右を確認して歩道に戻る。周りの人から怪しげに思われているのか、何人かと目が合うが…気にしない。
健太郎は勝手に動いてしまう体に首をかしげるが、ゆうきの思惑通り、すぐに自動運転モードに戻ってくれた。
(これ、いっそ自動運転モードを破って買い物しちゃおうかな……?)
サン=ジェルマン大通りでは、かわいいワンピースが目に留まり、秋物のスカーフも売っていそうだった。リュクサンブール宮殿のそばでは、買い物袋を抱えたおしゃれなパリジェンヌとすれ違った。その姿は、秋を先取りしたようなレトロで洗練されたファッションに包まれていて、まぶしく見える。
(お金がないのはわかってるけど……せめてウィンドウショッピングぐらいしたい!)
シャンゼリゼ通りにも強制的に向かおうかと考えるゆうき。次に良さげなお店を見つけたら、行動を起こすと決意する。
(それに……おしゃれな女の子たちをカメラに収めたい!)
パリでこそ、おしゃれに気を使わなければ意味がない――と、ゆうきは強く思う。
「ほんと、男子の頭の中は理解できない……」
健太郎がこのまま平気で街を歩き回るのが、ゆうきには信じられなかった。
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