第12話 マレ地区のボスキャラ
午後は、朝からのバタバタがウソのように、ゆっくりと時間が流れた。
モスクワ経由でパリに着き、そこから一睡もしていない。18時間以上起きている計算になるが、時差もあるから、もっとだろうか――。
(まあ、いいか)
ゆうきは、考えるのをやめた。どうせ自分の体じゃないし、無理しても人の体だ。
シテ島を越えて、健太郎の体はマレ地区にたどり着いた。訪れたのは、サン・ジュルヴェ教会。
(ここはまた、毛色が違う……)
後期ゴシック様式の三層構造だと資料に書かれていたことが、健太郎の心の声が伝わってくる。
(確かに三層なんだけど、何が違うんだろう……?)
教会の正面の大きな扉は、まるで何かが隠されているような荘厳な雰囲気を漂わせていた。
(きっとこの扉の向こうにボスキャラがいるんだ……)
そんな予感がぷんぷんする。中央の扉は閉まっていたので、脇の小さな扉から入ってみる。
(強者が待ち構えてるかも……アンデッド系? それともケルベロス?魔王かも…)
ゆうきは無意識に身構えた。
しかし、内部は思ったよりも明るく、天井には、まるで和菓子の最中のような模様が施されている。奥には祭壇があり、ゆうきはこう思った。
(あそこに魔王が座ってて、「よく来たな、ここまで来たことは褒めてやる」とか言うんだろうな……)
だが、教会の中は無人だった。観光客の姿も見当たらない。
「魔王はいなかったか……」
ゆうきの心の声が漏れ出して、健太郎の口からつぶやきとなる。
「教会だし……オートセーブくらいできるか。何かあったらここからやり直そう」
健太郎は、自分の口から出た意味不明の言葉に首をかしげていた。
マレ地区は、今まで歩いてきたセーヌ川の南側とは雰囲気がまるで違った。街路樹が減り、道も狭く、石畳の道が続く。まるで、村を出た冒険者が最初に訪れる街のような気分になれる場所だ。
「ここ、ギルドとかありそう……」
またもゆうきの心の声が、健太郎の口から漏れる。
ただ、幻想的な気分を現実に引き戻したのは、壁に描かれた落書きだった。
(なんか、落書き増えた?)
下町っぽい雰囲気を感じるが、壁に描かれた絵の中には、アートと呼べそうなものもあった。マレ地区は、アートに寛容な街なのだろうか。おしゃれな店もあるが、高級感というより自由で庶民的な雰囲気が漂っている。
そんな石畳の街並みを歩いていると、スーパーマリオの土管を思わせる形が目に飛び込んできた。
「……なに、これ?」
見上げると、それはポンピドゥ・センターだった。工事現場のような金属フレームと、斜めに伸びるガラス張りのエスカレーター。赤や黄色の原色が目立ち、今まで見てきたパリの風景の中では完全に異色だった。
「今まで、ずっと石の建物ばっかりだったのに……」
広場を囲む建物は美しい石積みのパリらしい町並みを形成しており、その中でポンピドゥ・センターだけが異彩を放っている。魔王の館の後に出てきた、未来の要塞といった印象だ。
ゆうきは、広場に座って休む観光客たちに目を向けると、素敵な2人組の女性を見つけた。赤いジャケットをまとい、秋らしいスカーフを巻いたその姿は、まるで雑誌から飛び出してきたようだ。
(かわいい!!、写真に収めたい……!)
ゆうきは健太郎の体を操り、広場の端にある街路樹の下へ移動し、そのすぐ前で座る。
(今だ!)
カメラを取り出し、腕をいっぱいに伸ばして、自撮りを試みる。後ろの美しい観光客も一緒にフレームに収めたい――そう思ったのだが――
「重っ……!」
このカメラ、思った以上に重い。それに、フィルムカメラには画面がないため、どんな写真が撮れるのか確認できない。
(え、これ、どうやって写真を確認するの?)
シャッターボタンを押すと、「カシャ!」と心地良い音が響いたが、連射はできない。
(そっか……このレバーを回すんだっけ?)
ぎこちなくレバーを巻き、もう一度シャッターを押そうとするが、後ろの観光客が立ち上がってしまった。
(うわ、いっちゃった…写真撮れたかな?)
仕方なく、健太郎がやっていたようにカメラの裏蓋を開け、フィルムを取り出して2人が撮れているか確認する。
「……黒い?」
フィルムは真っ黒なままだった。明るい場所で透かしてみても、何も写っていない。
「もう、なんなのよ!」
ゆうきはフィルムをカメラに戻すと、後ろにいた美しい観光客を追いかけて走り出した。彼女たちはポンピドゥ・センターの中に消えていった。
「待って……絶対、あの人たちの写真を撮りたい!」
夕暮れに包まれた広場を駆け抜け、ゆうきは夢中で彼女たちを追いかけた。
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