第14話 ノートルダムの召還魔法
何かに満たされている――。
扉を開け、一歩踏み入れた瞬間、ゆうきは異世界に召喚されたかのような感覚に襲われた。
目の前に広がるのは、圧倒的なスケールの天井と光の海。その中心には、バラ窓と呼ばれる巨大なステンドグラスがあり、光の模様が床や壁を埋め尽くしていた。それは、ゆうきの目には転移魔法陣そのものに映った。
「すごい……」
思わずつぶやきながら、ゆうきはその場でくるりと一周した。周囲の観光客たちも、まるでどこか遠い場所から召喚された存在のように見える。
その中で、なぜか自分だけがこの空間の「主役」になったような感覚――まるで女神から特別な恩恵を授けられているような錯覚を覚えた。
パリのノートルダム大聖堂――
その荘厳な建築は、まるで王や神官が集まる神聖な場所そのものだった。
大理石の床からまっすぐに伸びる柱の周囲には、複雑な装飾が施され、天井付近で交差するアーチが空間を支えている。
そこから差し込むステンドグラスの色とりどりの光が、柱に独特な陰影をもたらし、神秘的な雰囲気を作り出していた。
その瞬間、ゆうきは“建築”というものの力を少しだけ理解した。言葉にならない感動が鳥肌となって全身を駆け抜けていく。日常の悩みや将来への不安を一瞬で忘れてしまった。
「……私の悩みなんて、ちっぽけかも……」
思わずそうつぶやいた瞬間、一筋の涙がほほを伝い、重力に引かれるようにゆっくり流れ落ちた。その感覚で、ゆうきは現実に引き戻された。
同じように、健太郎の足も一瞬止まっていたが、やがて再びゆっくりと歩き始めた。
そこに、どれくらいの時間いたのだろうか――。
天井や柱の陰影が、夕日の光を浴びながら少しずつ表情を変えていく。時間の流れが、空間全体にゆっくりと染み渡っていくようだった。
(魔法かよ……)
ゆうきは声を出さず、ただ心の中で呟いた。
ゆうきはもちろん、健太郎も、この瞬間を心から満喫していた。
名残惜しい気持ちを抱えながらも、時計を確認し、大聖堂の出口へと向かう。観光客の流れに乗り、礼拝堂を後にした。
出口の外には、さっき見かけた物乞いたちが、観光客一人ひとりに手を差し出していた。
そして、自分の番が来た――その瞬間、物乞いたちは私にだけ手を引っ込めた。
「え?」
物乞いと目が合ったが、彼は何も求めることなく、そのまま別の観光客に向かって手を出した。
「なんで?まぁ、手を出してもあげるお金はないのだけど…」
ゆうきは一瞬戸惑ったが、続けて頭をフル回転させた。
(健太郎がみすぼらしいから、同業者だと思われた?)
(それとも、あまりにも貧乏そうだから、お金はもらえないと判断した?)
(いや……これは、フランス人のプライドか、それともフランス風のドッキリ?)
健太郎もまた、自分の服装を見下ろし、身なりを気にし始めた。振り返って、少し離れた場所から物乞いの様子を観察する。
彼らは他の観光客には変わらず手を差し出している。だが、自分にだけは、なぜか手を引っ込めた。
「どう見えたんだろう……」
もう一度物乞いの方を遠くから見つめていると、ふいに物乞いと目が合った気がした。
その瞬間、彼がほんの少し会釈をしたように見えた。
「……え?」
会釈は本当に気のせいだったのだろうか――ゆうきには、そう思えなかった。
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