第15話 パリ東駅の乙女な展開
22時、夜のパリ東駅前――。
ゆうきの心は不安に包まれながらも、30%ほどはイライラで占められていた。原因は、健太郎が選んだ夕飯だった。
彼は、パリ東駅前のマクドナルドに入り、信じられないメニューを頼んだのだ。
「上からパン、肉、肉、パン、肉、肉、パン……いや、パン肉肉肉パン肉肉肉パンか?」
そんなとんでもない高さのバーガーを頼む健太郎に、ゆうきは心の中で突っ込みを入れずにはいられなかった。
「これって……誰向けのバーガーなの?」
入口に貼られた等身大ポスターには、どこかで見たようなアメリカのバスケットボール選手が笑顔で宣伝している。きっと有名な人だろう。
(あのバーガー食べられる人なんて…誰が食うんだよ!)
そう思った矢先、健太郎はその山のようなバーガーを注文したのだった。
ゆうきは当然のように文句を言い続ける。
(そのお金があったら、普通のレストランに入ればいいんじゃない?)
しかし、健太郎の脳内発言を解析していくと、彼にとってマクドナルドは「トイレ」と同じく、安心できるセーフティゾーンらしいことがわかった。
窓際の席に座り、パリ東駅の様子を眺めながらバーガーにかぶりつく健太郎。荷物は慎重に股の間に挟み、何度も荷物の存在を確認している。
(ほんとビビりだな……)
その一方で、健太郎は、赤い表紙のトーマス・クック時刻表を開き、次の夜行列車を調べている。どうやらミュンヘン行きに決めたらしい。深夜の東駅を出発し、翌朝5時ごろミュンヘンに到着する列車だ。
ゆうきの不安は募るばかりだった。
(え、まだ着替えないの!? 成田からこの服のまま?汗もかいたし、全速力で走ったのに?)
勝手に走ったのはゆうきだということを置いておいて、イライラが次第にエスカレートする。
(もしミュンヘン行きの列車で素敵なイケメンに会ったらどうするの?あの清楚なお姉さんがいたら?それなのにこの臭い白いTシャツで大丈夫なわけ?)
健太郎への心の声が懇願に近づいていく。
(ていうか、パリから離れちゃダメでしょ!シャンゼリゼも、凱旋門も、エッフェル塔も、ルーブル美術館も見てないじゃん!ファッションもチェックしたいのに……なんでミュンヘンなの?馬鹿なの!?)
さらに追い打ちをかける。
(まだフランスのベッドにも寝てないんだよ!昨日は警察署の固い椅子だったし……今日も夜行列車の中なの?ありえない!)
マクドナルドを出た後、健太郎はパリ東駅のコンコースのベンチに腰を下ろした。目の前のホームには、すでに夜行列車が停まっている。
「出発まであと15分……」
健太郎はコーラを飲み干し、列車に乗り込むタイミングを見計らっていた。
パリ東駅は、映画に出てくるような行き止まり型のターミナル駅だ。ここには、パリ郊外の電車だけでなく、ドイツなど国境を越える列車も発着する。
駅全体が、まるで「出会いと別れの舞台セット」のような雰囲気に包まれている。
(きっとこの駅で、素敵な男性が私の手を引いてくれる――そんな場面が訪れるはず!)
ゆうきは急に映画のヒロインになりきっていた。それだけ絵になる場面といえる。
(これからどこに行くの?なんて声をかけられちゃったりして……)
すると突然、背後から声が掛かる……
「これからどこいくの?」
(キタ~~~!!!)
心の中でゆうきは絶叫した。
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