第16話 東駅で奪い合う2人の男性

フランス4部リーグでプレーするサッカー留学生を名乗る青年が、突然、健太郎の隣に腰を下ろした。名はシミズというらしい。


その姿に、ゆうきの胸は騒ぎ出す。パリ東駅のホームというシチュエーションも手伝って、どことなく映画のような出会いに思えてくる。さらに、健太郎の地味なTシャツとジーンズ姿と比較すると、シミズは圧倒的におしゃれでかっこよく見えた。

長身で運動神経も抜群そうな彼は、まさに「モテそうな日本人」。


「ミュンヘン。」

健太郎はそっけなく答え、明らかに警戒している。


「ミュンヘンか!バイエルン・ミュンヘンの本拠地だね!スタジアムも見に行くの?あそこ、かっこいいよね。一人旅?」


シミズの人懐っこい態度に、ゆうきは内心ざわついた。これはもしかして……恋なの?


「……うん、一人。」

健太郎は情報を出し渋り、さらに警戒を強める。しかし、シミズは全く気にせず、ペラペラと話を続けた。


「俺、フランスのサッカー4部リーグでプレーしてるんだ。全然有名じゃないけど、この1年で結果を出して名前を売りたいと思ってる!」


(すごい……グイグイ自己紹介してくる……)

健太郎は、会話のペースに圧倒されながらも、内心少し引き気味だ。コミュニケーション能力が高い方ではあるが、一方的に畳みかけられると身構えてしまうタイプだった。


一方で、ゆうきは彼に心を奪われていた。健太郎の汚れたTシャツ姿を思い返すと、ますますシミズが魅力的に思えてくる。


「セリエAの試合、明日一緒に見に行かない?」シミズは楽しそうに言う。「カズが来てるんだよ!ジェノバで試合があるんだ。俺、一人で行く勇気がないから、一緒に行こうよ!」


(行くべき!これはチャンスだよ!)

ゆうきは内心、健太郎を急かす。


しかし、健太郎はまだ迷っている。

「えっと……ミュンヘンに行こうと思ってたんだけど……ノイシュバンシュタイン城も見たいし……」


(はあ?何迷ってんの?行くしかないでしょ!)


「お城とかはいつでも見れるけど、カズの試合は今しか見れないよ!」

シミズは続けざまに言う。「ノイシュヴァンシュタイン城なんて乙女チックじゃん!」


「……乙女?」

健太郎の心に微妙な感情が芽生える。確かにその城には興味があったが、「乙女」と言われると途端に行く気が失せた。


「残念、電車もう出るよ!ジェノバ行くしかない!」

シミズは健太郎の腕をつかんで引き止める。


健太郎は冷静に言った。「いや、予定は予定なんで……」


その瞬間――ゆうきは自動運転モードを解除した。


「わかりました!行きます!あなたについて行きます!どこまでも!」

自分でも驚くほど大きな声が出た。


シミズは満面の笑顔を見せる。「それでこそ!さ、行こう!」


(ああ、素敵な笑顔……これが恋なのね……)

ゆうきはすっかり舞い上がっていた。




その時、突然、ゆうき(健太郎)の腕に皮手袋の手が伸びてきた。振り返ると、そこには背の高いフランス人の男性――地下鉄で会ったワイルドイケメンが立っていた。


(え!?またあなた?夢?これは何?)


その圧倒的な存在感に、ゆうきは一瞬でお姫様モードに突入した。


(ああ……私を奪い合うのね……2人の男性が……どうしよう!?)


ワイルドイケメンの手は、強い力でゆうきを引っ張り、そのままミュンヘン行きの夜行列車へと向かう。


ゆうきの視界の隅で、シミズが呆然と口を開けて立ち尽くしていた。


(あなたは……追いかけてこないの?これでお別れなの……?)


ワイルドイケメンに導かれるまま、ゆうきはミュンヘン行きの列車に押し込まれた。


「待って!あなたも一緒に来て!」


しかし、ワイルドイケメンは列車には乗り込まなかった。ただ、一度だけ笑顔で手を振り、何かをフランス語でつぶやいた。


(何て言ったの?どうして一緒に来てくれないの?)




列車のドアが閉まり、ゆっくりと動き出す。ゆうきは窓に顔を押しつけ、彼の姿を目で追った。ホームの明かりが流れるように過ぎていく――。


映画のワンシーンのような光景の余韻に浸っていると、ホームを抜けて街の暗闇に入った。その窓ガラスには健太郎の顔が映し出された。


「うげっ!!……健太郎……」


濁点のついた悲鳴が車内に響いた…。

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