第17話 反省と反撃
深夜の車窓に映し出される健太郎の顔に、青ざめるゆうき…
青ざめるの顔は無いのだが…
「え……いままで……え? あれ?」
自分が何を話したのか、一瞬で不安に襲われる。
ふと振り返ると、若い女性が怪訝な顔でこちらをじっと見つめている。慌てて席を探し、心を落ち着けようとするが、脳内が高速で思考を巡り始める。
(ワイルドイケメンの狙いって健太郎だったの?え……まさかサッカー青年も!?)
「いや、まぁ……多様性だし、そういうこともあるけど……」
謎の失恋を同時に2つも味わったゆうきは、混乱しつつも自分を落ち着かせようとする。いつから健太郎の体だということを忘れていたのか…
(ちょっと待って…ちょっと待って……)
ゆうきの思いは届かず、ミュンヘン行きの夜行列車は黙々と進んでいく。
しかし、夜行列車と言っても、普通の特急のような2人掛けのシートが左右に並ぶだけ。リクライニングも少し倒れる程度で、快適に寝られるわけではない。
「ベッドがいい!ふかふかの布団がいい!シャワー浴びたい!」
ゆうきの心は混乱から次第に苛立ちに満ちていく。
「私の恋を返せ!フランスを返せ!この臭い悪魔め、健太郎!」
まったく理不尽な言いがかりだが、感情の暴走は止まらない。
車内は自由席だが、夜中にもかかわらず7割がたの席が埋まっている。幸い隣は空いていたが、こんな場所で絶対に寝られないと思っていたゆうき。しかし、健太郎への文句を一通り吐き出すと、あっという間に睡魔が襲ってきた。
「フランスの印象悪すぎでしょ……」
「パン肉肉肉パン……って、なんでハンバーガー……」
フランスでのファッションも食事も楽しんでいない不満が噴き出す中、ゆうきは不完全燃焼の思いを抱えたまま眠りに落ちた……。
「この、バカ健太郎!!」
自分の声で目が覚めたゆうき。
驚いたのは彼女だけではなかった。目の前では健太郎オジサンが、キョロキョロと周りを見回しながら寝ぼけたような顔をしている。
(あっ、戻ってこれた!)
ゆうきは自分の胸、腕、足、そして顔を触りまくる。「ああ、私の体だ……よかった~!」
その様子を見ていた健太郎が、不思議そうに尋ねた。
「……あ~、何か忘れ物?」
「あ?」
意味不明な言葉に、思わずイラッとしてしまった。
(この人には恩があるのに……いや、健太郎にはまだ文句が言い足りない!)
設計事務所の時計は23時を過ぎていた。このリアルな夢?記憶?はなんだったのか?
ゆうきは試すように健太郎おじさんに質問を投げかけてみる。
「ねぇ、周囲の状況を見極めれば、一人旅も危なくないんだよね?」
「うむ、そうだ……よ?」
健太郎の言葉は妙に歯切れが悪い。
「多くの旅行者が危険な目に遭うけど、オジサンは一度も危険なことなんてなかったんだよね?」
「そ、そう!……ん? え……そうだっけ……?」
健太郎は記憶の中で何かが引っかかっている様子だ。
「警察とか、お世話になったことないんだよね?」
「そんなのあるわけないだろ……あれ? いや、なったような……?」
(やっぱり……私、健太郎オジサンの記憶を改竄しちゃったのかも?)
少し申し訳ない気持ちも芽生えたが、それ以上に恨みが募る。
(あんな汚い格好でパリを歩くし、私は失恋するし……パン肉肉肉…あ~~仕返しだ!)
ゆうきの顔には、いたずら心に満ちた笑みが浮かんでいた。
首にかけたペンダントは、まるで「もっと言ってやれ」と
背中を押すかのように、深い青い輝きを宿していた。
その時――事務所の戸が勢いよく開き、健太郎オジサンの奥さんが怒鳴り込んできた。
「あんたたち!何時だと思ってんの!?」
「ここにいるなら連絡しなさい!バカ者!!」
「全然帰ってこないから心配するでしょ!」
奥さんは健太郎おじさんにに怒鳴り続ける。
「だからいつも言ってるでしょ!LINE見なさいよ……!」
奥さんはひとしきり文句を吐き出すと、突然ゆうきの方を向き、力強く抱きしめた。
「もう……心配したんだからね……」
その瞬間、涙声で絞り出される彼女の言葉が、ゆうきの耳元に響いた。
「……うん……」
抱きしめられながら、ゆうきはふと心の中で反省した。
(相談すべき相手は……健太郎オジサンじゃなくて、おばさんだったのかもな……)
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