第18話 知らない話…1

ここからは、健太郎もゆうきも知らない話…


パリ東駅の片隅――

そこには二人の男の影があった。


ゆうきが「ワイルドイケメン」と呼んでいた、窃盗団のリーダーで長身の男。地下鉄の改札で大きなカバンを持ってきた彼は、仲間たちから「エース」と呼ばれている。


「ジェイ、どうだ?あいつ……使えそうか?それとも顔を見られたから、消すか?」


ジェイ――仲間内では「ジョーカー」の異名を持つ男。彼は、最初に改札でひっくり返った健太郎に手を差し伸べた人物だった。


「……あいつ、間抜けなんだけど、鋭いんだよな。俺、初めて尾行がバレた」


「は?お前が?大統領のSPにも気づかれたことないのに?」

エースは驚きを隠せない。


ジェイは苦笑しながら続ける。

「そうだ、あいつに写真まで撮られた。迂闊だった……」


「……何だそりゃ?何者だ、あいつ?」

エースの眉がピクリと動く。


「完全に気配を消してたのに、急にカメラをこっちに向けてさ……しかも、変な撮り方なんだ。腕を伸ばしてカメラを逆向きに……」

ジェイはその奇妙な様子を思い出しながら、腕を伸ばして模倣する。


「……」

エースは言葉を失う。

(ファインダーを覗かずに写真が撮れるカメラがあるのか?)


「それだけじゃない。やたらと街路樹やバス停の陰に身を隠したり、こっちの視界を避けるように移動するんだよ。まるで、俺たちが尾行してるのを分かってるみたいだった」


「……ただのモノじゃなさそうだな」


「しかも、歩くペースを変えたり、広場を何周も回ったり……まるで尾行を撒くプロだ。急に振り返って俺と目が合ったときは、心臓が止まるかと思った」


ジェイはパリ東駅の薄暗い天井を見上げながら言葉を続ける。

「それに、カメラで撮ったフィルムを引っ張り出して、こっちに広げて見せたんだ。“もう尾行するな…”ってメッセージだと思った」


「……凄いな…。他には?」


「建築を学んでるようだ。古い建物に敬意を持っているし、落書きを消そうとする場面も見た。アートにも興味がありそうだ。……いい奴だとは思うけどな」


エースは鼻で笑いながら、ぼそりとつぶやいた。

「……昨日は簡単に引っかかってくれたのにな。警察の目を逸らすのにちょうど良かったが」

(おかげで、こっちは大物の計画を成し遂げられた……)




「なぁ、ニンジャって知ってるか?」

ジェイが真剣な表情で問いかける。


「……あぁ、日本の隠密部隊だろ?漫画で見たことがある」

エースは冗談のように笑いかけるが、ジェイの真剣な目に気づき、表情を引き締めた。


「きっとあいつは、ニンジャの末裔だ。最初の改札でのジャンプも尋常じゃなかった」


「……俺、その場面見てないんだよな。惜しかったな」


「一日中尾行したけど、悪い奴じゃなさそうだ。慎重で、頭が良くて、行動も素早い。でも、どこか間抜けなんだよな……。あいつ、仲間にできたらいい戦力になるぜ」


「なるほど……気になる存在だな」

エースはニヤリと笑う。


「でも、サッカー泥棒の奴が近づいてきてたな。アイツも夜行列車に乗る日本人を狙ってるんだろ?」


ジェイが頷く。

「ああ、あいつはコソ泥だ。列車で一緒になった日本人に睡眠薬を飲ませ、小銭を盗んで逃げる。金を全部奪わないから被害届も出されないし、サッカーの試合を観るために本当に現地まで行くらしい」


「ふざけた奴だな。そいつのせいでパリの治安が悪いなんて書かれてるんだろ?」

二人は思わず笑い合った。


「あいつ、狙われてるぞ……」

エースがつぶやく。


「まぁ、簡単に騙されるタイプではあるが……妙に勘が鋭い。二つの性格が同居してるんだよ。慎重なのに大胆、男も女もいけそうな不思議な奴だ」

ジェイは一日の健太郎(ゆうき)の行動を思い返していた。


「でも、サッカー泥棒には簡単に引っかかりそうだな……おい、エースどこに行くんだ?」


エースは無言のまま立ち上がり、音もなく健太郎とサッカー青年の間に滑り込んだ。


エースは健太郎の手をつかみ、ミュンヘン行きの夜行列車に押し込んだ。

そして、ふと車両の奥を見て、見覚えのある女性の顔を発見する。


「良いご旅行を!」

エースは健太郎の奥に居た女性に向かって満面の笑みで手を振った。


健太郎(ゆうき)が乗った列車は、暗闇の中へと消えていく。



エースはホームに残り、ポケットに手を突っ込む。

「さて……こっちのパリの観光公害にはお仕置きしなきゃな」


そう言って、ジェイに捕まっているサッカー泥棒に向かって、ニヤリと笑った。

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