第9話 怖さの消えたカルチェラタン
次の瞬間、激痛が走った。
いつの間にか、自分のほほが道路と仲良くなっていた。背中で腕を締め上げられ、痛みに耐えきれず顔をしかめる。視界には、見覚えのある紙袋だけがぼんやりと映る。
「え? え? なんでこうなった?」
混乱する中、野次馬が集まっているのか、周りにはさっき駅で見た観光客らしき人々の姿も見える。
「もしかして、自動改札を飛び越えたのが重罪だった? いや、きっとあの紙袋のせいだよね……あれ、財布だったし……」
パリに降り立ってわずか1時間半。なぜこんなことに――あのイケメンたちの顔が頭をよぎり、思わず心の中で毒づいた。
現在、朝の5時過ぎ。いつの間にか自分は警察官たちに囲まれ、警察署らしき場所にいた。建物は石造りで、かなり古めかしい。大きな部屋の中では、フランス語が飛び交い、何を話しているのか全く分からない。
(ここ、本当に警察署なのかな……?)
そう思っていると、奥から出てきた若い警察官が、流暢な英語で状況を説明してくれた。
話をまとめると、こうだ。
昨晩の23時ごろ、ひったくり事件が発生し、警察は犯人を追っていた。そして、ゆうき(健太郎)が持っていた紙袋の中にあった財布が、被害者のものだと判明。ひったくり犯の仲間だと疑われ、逮捕されてしまったという。
「はぁ……やっぱり、あの紙袋が原因か……」
財布の中身は空で、窃盗容疑をかけられたため、パスポートまで押収されてしまった。
だが――駅での一部始終を見ていた旅行者が、ゆうきの無実を証言してくれた。そして、持っていた飛行機チケットとパスポートから、飛行機の到着時間と駅までの移動距離を考慮しても、23時におきたひったくり犯とは関係ないことが明らかになり、ようやく釈放された。
「……助かったけど……もう朝じゃん……あぁホテルのベッド…」
4~5時間は拘束されていただろうか。腰や膝の痛みよりも、長時間座らされていたせいでお尻が痛くてたまらない。
「無実を証明してくれた旅行者には感謝だな……。でも、なんでこんな危険な目に遭わなきゃならないんだ……」
改札を飛び越えなければ、こんなことにならなかったことは、盛大に忘れている。
警察署を出ると、空がほんのり明るくなり始めていた。怖さの消えたカルチェラタンの街並み…サン=ジェルマン通りの並木が、目の前に広がっている。
道沿いの1階には、赤いテントを張ったカフェが見える。建物の2階から6階までは、繊細な彫刻が施された石造りの外壁が続いていた。その上には、青黒くくすんだ屋根が、中世の帽子をかぶったように美しく建物を覆っている。屋根には小さな窓がいくつも並んでいて、典型的なパリの風景がそこにあった。
(これが……パリの街並みか……)
ぼんやりと道を歩いていると、いつの間にか目の前に開けた場所が現れる。
気づくと、そこにはセーヌ川が流れていた。思いのほか小さな川だ。
川にかかる橋を渡ると、朝日を背に受けて輝くノートルダム大聖堂が目の前に現れた。
「…………」
しばし言葉を失い、ただその光景に見入る。夜明けの静かな光に包まれた大聖堂は、荘厳でありながらどこか温かく、新しいパリの一日が始まることを告げていた。
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