第3話 保健室と設計事務所

次の日、ゆうきは叔父に直してもらったペンダントを首にかけ、学校に行ってみた。昨日、ピアスを探してくれたことと、加工までしてくれたことを思い出すと、少しだけ「頑張らなきゃ」という気持ちになったのだ。といっても、学校に行く決意というよりは「心配をかけたくない」という程度のものだった。


学校にたどり着く前、あれこれ迷っているうちに、タイミングを失った。みんなの登校が終わるのを見計らい、誰とも顔を合わせず校門を走り抜けた。


教室に入る勇気はやはり出ない。結局、ありきたりだが保健室に顔を出すことにした。


保健の先生は慣れている様子で、笑顔で迎えてくれた。簡単に事情を尋ねると、「自習しててね!」と言い残し、忙しそうに出ていってしまった。


休み時間になると担任が駆けつけ、「保健室でいいから、明日も来るように」と告げ、すぐに教室へ戻っていった。



ゆうきは午前中だけ学校の保健室に登校し、昼前には下校する日々を送るようになった。午後は叔父の設計事務所に顔を出す。どちらの場所も冷房が効いていて、公園で暑さに耐えるよりはずっと快適だった。


事務所には6時まで所員が2人いて、パソコンに向かって作業をしたり、建築の模型を作ったりしている。おもちゃのような模型が仕事になるのが少し不思議で、「こういう仕事も悪くないかも」と思いながら見ていたら、興味があると勘違いされたのか、簡単な模型作業を手伝わされるようになった。


(楽しいとは言えないけど、学校をサボっている罪悪感が少し薄れるのは助かるな……)


ゆうきは、そう思いながらも、自然と事務所に通うようになった。ここに来るのは、たぶん……それだけの理由だった。




夕方6時を過ぎると、叔父はビールを開け、残った仕事を続ける。「飲んでいいよ」と言われた所員たちは苦笑いしながらも、自分のペースで片付けを進めている。だが、残業代が出ないことにゆうきは疑問を感じた。


「え、これ……ブラック企業じゃん!」


うっかり口に出してしまい、所員たちは困ったように笑った。


2人の所員は男性と女性で、それぞれ就職して2年目と3年目だという。8月末の大きな締め切りで徹夜続きだったが、今は比較的落ち着いているらしく、切りのいいところで早めに帰ることもあるそうだ。


(今度、大学のこととか就職のこと、いろいろ聞いてみようかな……)


学校に行けない日々が続くと、将来が不安になる瞬間がある。思わず「藁にもすがりたい」と心の中でつぶやいたが、すぐに「藁なんて言ってごめんなさい」と2人の席に頭を下げた。


突然、誰もいない方向に頭を下げるゆうきを見て、叔父はぎょっとしたが、何も言わずにパソコンの画面に戻った。叔父は、設計事務所の経営のほかに大学で講師もしていて、今は学生向けの資料を作っているようだ。学生の興味や流行りについて、たまにゆうきに尋ねてくる。


「それにしても、ほんとブラック……」


また心の声が漏れてしまい、叔父が困ったように顔を上げた。


「こないだの続きだけど……」

叔父がふいに話しかけてきた。


「え?」(どの続き?)


「自分を変えたいって言ってたよね」


「ああ……」(10日も前のこと覚えてたの?)


「いろいろ考えたんだけど……」


「え~と」(そんなに考えたん?)


ツッコミどころ満載の叔父の話に、ゆうきは苦笑しながらペンダントをぎゅっと握った。どうにか勇気を振り絞り、少しずつ自分の気持ちを語り始める。


「私、自分を変えたいとは思ってる。でも、素直に謝るのが怖くて……。一回の失敗で、こんな風になっちゃって……」


叔父はゆうきの話を黙って聞いてくれた。そして、少し考えたあと、ぽつりと言った。


「違うかもしれないけどさ……」


そう前置きしながら、叔父は自分が変わるきっかけとなった若い頃の一人旅について話し始めた。


ぷしゅ~。


「あっ、またビール……弱いくせに好きなんだよな、この人……」




「30年前だね。ちょうど20歳だったかな……西暦でいうと、1994年のことだ」


叔父はビールを一口飲み、昔の話を始めた。


「当時は、今みたいにSNSなんてなかったし、旅の情報も少なかった。でもね、なんだか知らない場所に行ってみたくて……」


ゆうきは、叔父の話に自然と引き込まれていった。


「最初は不安だったよ。言葉も通じないし、誰も助けてくれない。でも、そこで出会った景色や人たちが、少しずつ自分を変えてくれたんだ」


ゆうきは、胸のペンダントをそっと握りしめた。叔父の話は面白い…時代のせいか、よくわからないことも多いけど…

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