17

 それから、さらに数年の月日が流れた。


 惑星ムーサの、おれたちがいる街近くの鉱脈は枯れ始めたと騒がれた頃のまま安定してしまったらしい。


 たまに古い鉱脈から掘り返される大物もあるにはあるけれど、昔のように熱気に満ちた勢いは無くなって、一時期と比べたら人の数もだいぶ減り、そこにいる人達の雰囲気は以前と比べたら静かなものに変わっている。


 どこの街も、その場の一時的な熱狂が過ぎればこんなものだよと、久々に会った元親方、エルデさんは言って笑っていた。


 

 そんな中でおれたちは、それぞれに進む道を選び、目指すところにはまだまだ届かず、それでもまだ、お互い着かず離れず丁度良い距離感で傍に居る生き方をしている。


 

「そうだ、ヴァル。二ヶ月後くらいにうちの師匠とエルデさんたちのチームがこっちの街に一時的に戻ってくるとか言っててさ。調査込みで一年くらい前の鉱脈探るらしいんだ、その間、サポートして欲しいって依頼が来てるんだけど……。お前のとこにも何か話届いてるか?」

 

 ノールはあれから、自分の作る装置のクセやこだわりと向き合いつつおれ以外の人にも装備を作る仕事を何件か進めていて、ムーサの工房を拠点に師匠さんと同じようにあっちこっちを点々とする事が増えていた。


 今日はまた別の仕事の調整中らしい。そっちのことはおれは関与しない。たまに何か聞かれたら答える程度だ。


 その後ろで、おれはおれの用事を片付けている。


 

「ああそれね。おれは親方から直接伝えられてるよ。ムーサに戻ったときに偶然会ってさ、その時に聞いてる。残したままの鉱脈を広範囲で見て回りたいから人手がいるって話だったかな。それで、おれにも予定が合うなら強力してくれ、って」


「あ、そうだったのか」


「その時は親方側の予定が未定ではっきりしてなかったから。黙っててごめん、早く伝えておけば良かったね」


 

 おれはノールとチームを組み直して、ムーサでの採掘師の仕事をやりながら他の星にも出て、ノールの装備を使わない他の星での採掘仕事や、惑星開拓テラフォーミングの仕事も続けている。


 そんなことでノールが作りたいと思うクセとこだわり強めな装備を動かせるのかというと、他で得た経験はお互いの視野を広げているらしく、ノール曰く以前と比較して同調率やその他数値含めて高めのまま安定しているとのことだ。


 おれにしてみれば、言葉を使わず新しくぶつけられるそのクセを通して、ノールがおれに何を望んでいるのか、何を欲しているのかを探るのが楽しみにすら感じているくらいで、ムーサに戻れば日々充実した、刺激的な時間を過ごせていると思う。


 

「それはいいよ。でもそろそろ返答してくれって来てないか? 俺の方はどうにでもなりそうだけど、お前は潜らなきゃならないし、別の仕事もあるだろ?」


 調整がつくのかと、作業の手を止めてノールはおれの方へ視線を向けてきた。


 昔買ったソファは、生地が多少くたびれてきたけれど肌触りが丁度良く化けてきた。その柔らかく、二人掛けのかたちにへこんだところへ腰を下ろして、ノールはおれの手元を覗く。


「今その予定の最終確認中。別件の仕事、今はそんなに立て込んで無いはずだし、向こうにはムーサの採掘を優先してること伝えてあるから、たまに向こうと行き来するくらいで調整可能だと思うんだけどね。――ああ、返信来た。ほら、必要になれば呼ぶから、こっち優先にしてくれて大丈夫だってさ」


 別件の仕事仲間との関係も良好だ。

 今所属しているチームはどこも、他の仕事と兼ね合いをしているやつも多くて、雇い主側もいわゆる副業的なものに理解がある。だからこういう場合、あっさりとした返答が返ることが多い。


 どうしてもと思われるほどの実力に至っていないのかもしれないと、思えばそれはそれで物足りなさも感じるけれど、今はまだ、しかたない。


 おれがそう言って笑うと、ノールは珍しく、子供みたいにむくれて押し黙った。こういうとき、出会ったばかりの時に感じたあどけなさに似た表情が出て来るなと感じたのが、最近の発見だ。


「今は俺も俺で好きにやってるから強くは言えないけど。ヴァル、やっぱりお前、ここ以外での他の仕事も続けていくつもりなんだな」


 どこで覚えたんだか、可愛らしくもさりげなく、おれの袖口を弱く引きながらノールは囁くようにそう言った。


「うん……。外の仕事も、色々と知っておくと役に立つことは多いからさ。おれは世の中ガラッと変えるだけの力なんて持てないから地道に経験積んでがんばるしかできないし。でも、それで自分が強くなれるなら、おれはこの先ずっとそういう生き方を選ぶと思うよ」


 ただ傍にいても、昔のように何も出来ず、先を見失うくらいなら。


 取った手を軽く握り返して、おれはノールの頭に頭を寄せる。


「それにおれも貴方も、別れてた頃みたいに、お互い常に手の届く距離に居ないと何も出来なくなる、なんて状態にはならなくなっただろ? そりゃ、貴方が手の届くところにずっといてくれたらおれも嬉しいけどさ、今のおれがそうすると、おれは貴方の自由を奪うことになっちゃうから。……前にも言ったけど、それはおれの望むところじゃないんだよ」


「……それは、まあ。わかって、るけど」


 言葉の外で、この人は手を引いてくれている。必要としていると伝えてくるこの手を裏切らないようにするためにも。


「あのね、ノール。傍に居なくても、おれは貴方が呼んでくれたらどこにいても応えるよ。それに応え続けるためにムーサ以外での経験もおれには必要なんだ。……でも、覚えておいて。貴方がおれのこと、もういらないって言わない限りは、おれは二度と貴方をひとりにしないって」


「……ん」


 寄せた頭を一瞬離して、瞼の端に口づける。

 そのままおれの緩んだ手から端末が落ちた。そのままにしておけば良いのに、照れ隠しで慌てたノールが拾い上げて。


「あっ……」


 そして止まった。




「ヴァルター! おま、えっ!」

 

「あっ」


 落ちた弾みで、端末に蓄積されてたメッセージの数々が一気にばらばら散らかって、崩れた書類の束みたいに目の前に広がった。


 その中の一番奥底。消しもせず、鍵をかけて大事にとって置いた一通が、ノールの目の前に流れて行ったわけだ。


 決してやましいものじゃない。特別この人の目から隠し通していたものでもないけれど。目にしてしまえはこうなることは絶対だっただろう、それは。


 あのときの、短いメッセージだ。



「そんなのまだ取っておいたのか! 何年経ったと思って……っ、いい加減っ、そんなの、消してくれよ頼むから!」


「嫌ですー! これだけはね、貴方がどう言おうと削除出来ないやつなの!」


「何でだよ!」



 良い雰囲気だった空気はあっという間に消え去って、取っ組み合いで端末の奪い合いになった。身長差があるぶんこっちが有利ではあるものの、ノールは噛みつくような勢いでおれにぶつかって来る。


 その勢いで腕の中に収まったノールを、強めに抱きしめておれは言う。


「これは、この海から泡になって消えたつもりでいたおれを、この場所に引き戻した言葉だよ。たとえ、送り主の貴方が消せって言っても、おれには消す気はないの」


「……っ」


「お守り代わりに残してるだけだって。たまに見返すことはあっても、誰にも見せるつもり無いから安心して」


 散らかったメッセージのホログラムをそっと端末の中に引っ張り込んで片付けて。

 ね? とウインクひとつノールに向ける。

 許してという意味だったのに、ノールは別のところを拾ったらしい。


「……だっ」


「だ?」


「誰かに見せられてたまるかよ! そんなことしたらお前の個人用サーバー根こそぎクラッシュしてやるからな!」


 顔を真っ赤にしてノールは怒り始めた。


 言葉の中身が本気じゃ無いことは確かだろう。でも、その慌てっぷりがやけに可愛いと思えるその幸福感に、おれは声を上げて笑うしか無い。


「だから、見せないってば。やめてねほんと、おれ貴方がそんな小っさいことで捕まるところ見たくないよ?」


 端末を傍らに置いて両手を空けると、ノールはふっと笑って、おれの胸に頭を預けた。そこで、小さく聞こえるか聞こえないくらいの声で、伝えてくる。


「じゃあ、お前がここへ戻ったとき、毎回それを聞いてやるって、言ってもか?」


 見下ろせば、首も耳も真っ赤だったのはここだけの話。


「えっ? あー……それは、ちょっと……、いや、かなり真剣に考えちゃうかな……」


 おれがそう返すと、ノールはこら、と短く言っておれの背を叩いた。


 勢いのないそれは抱擁から、愛撫に変わる。


「何かの作業、途中じゃなかった?」

「この状況で戻れと?」

「……戻したくないね」


 何度かキスを交わして、苦し紛れで同意を得ると、柔らかく笑うその顔に愛おしさが増してくる。手放せないなと強く思う気持ちで、抱きしめる腕に力がこもった。


「でも、ここで作業してるときの貴方の背中も、おれは好きだよ」

「俺はお前が、俺の作った装備つけて潜ってる姿が、一番好き」

「貴方らしいな」

「それでお前に惚れたんだから、当然だろ……もう黙れよお前っ」



 そんな短い会話をしつつ、眼を合わせて笑い合う。

 口を塞がれ言葉を無くして、沈むのは、海の代わりに古びたソファ。

 


 昔と変わらない笑顔のまま、とはいえ、昔とは少し変わってしまった関係だけど。

 この先何が起きても、あの日ふたりで語り合ったいつかの約束を濁らせさえしなければ。

 

 おれたちはもう、お互いの中にある海の世界から、泡のように消える事は無いだろう。

 

 そうおもった。

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泡沫(うたかた)と海鳴りの星 里内峰子 @chimineko

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