10
そんなことを考えたのが良くなかったんだろう。
荒らされた工房が元通りになり、ノールの顔の傷が痕も残らずすっかり消えて、仕事を再開できるようになったある日のこと。
装備との同調率が下がったと、ノールが不満げに零すようになった。
「なあ。最近どうしたんだお前。……まさかまだ工房が荒らされたときのこと気にしてんのか」
「いや、うん。それだけじゃないんだけどさ、まあ、うん……」
「何だよ、はっきりしないな」
怒るでもなく、それでも不満は残したまま、ノールは頬を膨らませた。いつもならその表情も可愛いと思えたはずなのに、その時はただ辛く思えて。
つい、零してしまった、ひとこと。
「先が、見えなくなりそうで」
「先? まさか、鉱脈が枯れて来たように見えてるのか? 俺にはそうは思えなかったけど」
「鉱脈は枯れてないよ。変わらずそれは見えてるんだ。今はそっちの話じゃなくて」
「そうじゃないなら、何だよ」
少しトゲを持ったノールの声に、おれは、笑えて返せていただろうか。
「一言でいうなら、スランプ、なの、かなぁ……」
「スランプ? お前が?」
おれは頭を抱えながら、腹の底にあった言葉をかき集めた。
「貴方と一緒にいると、さ……」
「なんだよ。俺が何か、お前の気に障ることしたか? 行動に支障が出るほど、俺はお前に何かした覚えは無いけど」
「違う! そういうことじゃない。聞いてくれよノール」
おれはノールの腕を掴んで、告げた。真っ直ぐ眼を見て言えたかどうかは、覚えていない。覚えていないって事は、見られなかったんじゃないだろうか。
「貴方と一緒に仕事をするのは楽しいよ。技師としても、個人としても、貴方のことは大切に思ってるし、傍に居たいと思うのは変わらない。……だけど、今のこの街、荒れてるだろ。また貴方にああいうことが起きたらって、その原因が、……もしかして、おれと貴方が一緒にいるからじゃないのかって、考え始めたら」
そうしたらもう、どう考えても先は暗くて、出会ったばかりに見た明るい光景が見えてこなくなったんだ。おれがノールにそう言うと、大きなため息が返ってきた。
「失望した?」
「……まだそこまでじゃない」
まだ。と付けられた言葉に、痛みを感じなかったというと嘘になる。
額に手を当てて、ノールは何かを考えていた。
長い沈黙があって、また、感情を抑えるようなため息がひとつ。
「お前のそういう真面目なところ、わりと俺、好きだったけど。……こうなるとかなりめんどくさいんだな」
「……ごめん」
低い声だった。怒っているんだと思えた。それも当然か。
そのままノールは作業台から予定が書かれたメモを引っ張り出してきて、おれに突きつけた。月に二度、三度の予定が数件。ノールの手書きで書いてある。
直近では数日後。この日は、その調整も兼ねてのミーティングをしていたんだ。
「次の採掘予定、同調率が下がっててもまだ行けるよな、お前」
「うん。動く分には支障ないよ。前回と同じ純度と大きさの結晶は期待できないけど」
「そうか。そしたら、お前はそれ以降の予定は消してもらっとけ。潜らなくても良いように。……俺はチームを凍結させる手続きしてくる」
ノールはおれを見なかった。そのまま、掠れた声でそれだけを返す。
「凍結? ノール、待って! おれはそこまでしてくれとは言ってない!」
「お前自身と装備の同調率が下がってるのに、俺が装備だけ調整したって無駄になるばかりだろ! 俺はまともに動かない装備を作る気はないし、お前が俺と距離を取りたいって言うならそうするしか無いんだよ! 次の採掘で最後だ。ムーサの人魚をやめて、泡になっちまえ!」
最後の仕事をこなして、そこから先、どう過ごしたんだったか。
チームが凍結されたと公式に通知を貰ってからはノールの工房には足が向かず、気付けばムーサから離れる船に乗っていたような記憶がある。
それでおしまいで、おれは、泡になってあの海から消えたんだ。
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