9

「採掘場を変える?」


「ああ。俺たちがこの近くに持ってる鉱脈にいくつか枯れの兆候が出ててな。完全に枯れきったわけじゃないんだが、このままここで続けていても稼ぎにはならなくなったんだ。だから他のコロニーにある別の鉱脈へ移動しようってことになってさ」


 久々に顔を合わせた親方の……おれが独立した以上は元親方か。エルデさんは、そんなことを言い出した。


空想物質ソムニウムの鉱脈は気まぐれで、こういうことはたまに起きる。枯れきってしまうともうどうしようもねえが、少し寝かせておけばまた戻ったりもすることはお前にも教えたよな?」


「はい」


 空想物質ソムニウムの鉱脈は、鉱脈とは言いつつも金属なんかのそれと違って、水脈に近いんじゃないかと言われている。研究は進んでいても、今でもまだ詳しい事はわかっていないらしい。


 なんせ人の目で見て手で掴み取らなければ結晶にならないものだから、鉱脈に流れているものがどんな状態なのかもわからないんだそうだ。採掘師によって見え方も違えば、そうなるだろう。


 それが枯れ始めたということは、惑星ムーサの内部で、空想物質ソムニウムの流れが変わったということか。


「ただ、な」


「ただ?」


 親方は続けて言った。


「今回は鉱脈の枯れる範囲が広いのが気にかかるんだ。中には完全に枯れちまったなんていう知り合いもいるもんでな。……俺らチームも、またここに戻って来る前提で移動するんだが、この状況だと戻って来るにしてもおそらくだいぶ先になる。ってことはお前にも、伝えておこうと思ってさ」


 自信に満ちた表情しか見たことがない親方が、ぽつりと不安を口にした。その姿が妙に引っかかっていて。


 それがいつか、おれの中でも不安要素のひとつになっていたのだと思う。



「そっか。エルデさん拠点を変えるのか。……何だよヴァル、寂しいのか? 今生の別れってわけでもあるまいし、ここじゃそういうこともあると思ってやらないとだろ」


 コーヒーを啜りながら、ノールはおれにそう言った。


「俺たちの鉱脈ポイントからは少し離れた場所だけど、俺の知り合いが技師で入ってるチームからはそんな兆候が出てるなんて聞かないぜ。逆にこんな中でもこの近辺で採掘量を増やしてるチームもあるんだ。俺たちだってその中のひとつだよ。……ま、街の治安が悪くなってるのは、否定しないけどさ」


 そういうものだからとノールは割り切っているようだった。惑星ムーサの生まれと育ちなら、こういう状況も何度か目にしてきたのだろうか。慣れたように言うと、ノールはさっさと仕事モードに切り替える。


「それより、お前が前に言ってたポイントの話だけど」

「うん。ああ、そこのポイントね。……アプローチの方法を変えられるんじゃないかって思えたからさ。ここをこういうふうにして……あとはノールの調整で可能かどうかだけど……。こういうのは、いけそう?」


「うーん。うん、これくらいなら調整可能だと思う。面白そうだから試してみよう。でも、これは今まで以上に俺のクセが強くなるぞ?」

「そこはとっくに覚悟決めて言ってるよ」

「ふふっ。何だよ、カッコイイこと言っちゃってさ。そんな期待されてちゃとんでもない仕上がりにしちまうぞ」


 ノールに話を合わせると、不安の種は身を潜めた。


 真剣な話も、影を見せてくる話題も、笑い合っていたら消えてくれる。そのまま影も不安も消えて欲しいと願いながら、おれは採掘のために深く潜り続けた。



 星空のような輝きを広げる鉱脈は変わらず光を帯びて、触れたら集まる星屑も変わらず手の内で形を成していた。おれたちはまだこの星に見放されていない。何ならより一層の恩恵を与えて貰っている。


 サポートを続けてくれている組合のメンバーのことも、身に纏う装備のことも、そして装備を作るノールの事も、偽りも翳りも無く信じて応えて、それが今自分にできる事だと思いながら。


 そして、おれたち二人のチームが採掘した中で一番の輝きと純度を持った結晶を得る事に成功した、数日後。



 本当に、喜びも束の間だった。


 ノールの工房が強盗に押し入られた、という知らせを受けた。



「本当に物取り目的なの、これ。……酷い荒らされようじゃないか」


 おれが怒りに震えながら言うと、ノールは苦い顔でうん、と短く答えた。


「一方的な恨みだの妬みだのはあったのかもな。俺に覚えは無いけどさ。荒らされてパーツをいくつか持って行かれそうになった」


「犯人は? そいつ、どこの誰だよ。それに、何で貴方までそんな……」


 工房の中はぐしゃぐしゃで、一部の機械は破壊されていた。ノールの俯く顔には真新しい傷。殴られたのかぶつけたのか、痛々しく青く滲む内出血はまだ腫れを引かせる様子は無い。


「どこの誰かは知らない。……でも、そいつらここで全員捕まったし、俺もこの怪我だけで済んだ。壊された機械は入れ替えになるけど犯人連中に補償させるし、盗まれたパーツはそっくり戻って来た。だから、お前はそこまで気にするな」


 表情に怒りが出過ぎていたんだろう、ノールはおれの顔を覗き込んで焦ったようにそう言った。


「おれにもそいつら一発ずつ殴るくらいの権利はあるだろ」


 怒りを抑えられないまま拳を握ったおれに、ノールは冷静に首を振る。


「無いよ。無いって。いいか、復讐とか考えるなよ? お前がそんな軽犯罪で捕まるとこ、俺は見たくないからな。それは止めてくれ、ホントに」


 既に正当防衛の名の下で強めにぶん殴っておいたから安心しろ、なんておれの背を叩きつつノールは言ったけど、それにしたって工房は荒らされて、ノールも怪我を負ったんだ。気にするなと言われてもそう簡単に抑えられるものじゃない。


 それに、後で聞けばやっぱり工房を荒らされたのも物取りが主目的ではなく、ノール個人が狙いだった、という話だ。



 それからだ。何がどうして。と、考え続ける日が始まった。


 今まで他人が手を付けられずにいた場所を探り、運良く、なんて言うけれど取り方次第では残り物を漁るようなやり方で鉱脈を得たからか。


 ただ単純に、鉱脈が枯れていく中でも順調に採掘を続けることができて、純度の高い結晶を安定して得ていることが妬ましかったからか。


それとも、一般的に扱えるものでは無かった装置をおれが難なく扱えてしまったからなのか。


 ノールがチームの外で制作に関わっている装置が、おれたちのチームのように思うような結果を出せないからか。


 あるいは、おれたちが恋仲であること自体が気に食わなかったか。


 この街で生じる利益を独占しているとでも思ったのか。


 幸福に見える姿が疎ましかったのか。



 どんな理由であったとしても全て言いがかりだ。そんなものを理由にして、ノールが襲われたというなら理不尽が過ぎる。

 何度も腹の底で繰り返して、納得のいくような答えを探した。でも、おれに見つけられたのは、酷く悲しい結論だった。

 

 おれとノールが一緒にいるから。なのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る