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 空想物質ソムニウムは、宇宙開発のみならず今や暮らしのあらゆるところに使われている。


 採掘師が使う装置を筆頭に、その他最先端の装置、惑星内運用型の浮遊車や飛行機、人が携帯できるくらいの様々な端末や家電、先日の無重力ドームのような遊具に至るまで。機器だの機械だのと言われるものであれば本当にあらゆるところだ。


 そこまで隅々まで利用されているにも拘わらず、空想物質ソムニウムは今のところ人の手以外での採取が不可能だった。


 それはなぜか。簡潔に言えば、機械では空想物質ソムニウムに触れる事が出来ないからだ。



 採掘師のもうひとつある適性として、空想物質ソムニウムに触れる事が可能である、というものがある。先天的にその適性を強く持つ人もいれば、後天的に得る人もいるとはいえ、これが出来なければ、どうがんばったところで採掘師になることはできない。


 そして、採掘師が取り出した空想物質ソムニウムを、誰もが可視化できるかたちに凝縮、結晶化するサポートをするのが、技師の作る装置の主な役目だった。


 結晶の純度が高ければ高いほど、それは強い耐久性と効力を持つ。つまり、より高度な機器に使用されるグレードの、高価なものになるというわけだ。


 採掘師も技師も、その純度を高めるために腕を磨く。


 おれはまだその頃、その結晶純度をそこまで高く出来ていなかった。

 ノールの言う残り一割、の部分が、つまり、そこ。


 

「潜ってしまえばお前の装備が水圧水温その他諸々を何とかしてくれるから、そこは問題無いけどね。時間だけはどうにも出来ない。そこだけはしっかり意識しておいてくれ」


 探査用の潜水船を操縦する組合の担当者は口早に言う。

 その後ろで、別の作業員たちがうんうんと首を縦に振っていた。


「この辺り、地形が入り組んでるからねえ、じっくり見て回ってたらそのぶん時間がかかるわけ。お前たちの予算でこっちが用意できた装備だと、一回の潜水で使える空気は呼吸分と装備で消費される分含めて三時間が限度。だけど、メンタルとフィジカルの負荷を考慮したら、続けて作業に当たれる時間は二時間までと思って余裕持ってやってくれ。間に合わなきゃこっちで拾いに行くが、それは別料金になるからな。高く付くぜ」


「う。……わかりました」


 装備を付けて潜る準備をする。両腕両脚、胸部と、首から背面、それから腰回りには回収した空想物質ソムニウムを保管する専用のケースを付ける。関節の可動域を潰さないように身体に密着させて、最後にヘルメット。着用と同時に全身と機器類のリンクを確認して、音声が正しく伝わるかのチェックが行われた。


「ヴァル。気をつけて」


 耳の傍で聞こえたノールの声にサムズアップで応えてから、おれは視線を足元へ移す。


 システムは全て正常。潜水用の小部屋に水が満ちて、視界が揺らいでいく。

 足元が開いて落とされた深海は、明かりが無ければ宇宙のように真っ暗で何も見えない暗闇だ。


 何も見えない人の眼にしてみれば。


「ノール、貴方にも見えてる?」

「ああ。見えてる」

 ゆっくり沈むおれたちの眼下に見えたのは、銀河を映したような輝く光の帯。空想物質ソムニウムの鉱脈から湧き出す、星の群れだ。


 新たな空想物質ソムニウムの鉱脈が、間違い無くそこにあった。おれたちにはそれが見える。


 ここなら上手く行く気がする。そう確信を持って、おれは装備を採掘モードへ切り替えた。



「これから、採掘作業に入ります」


「了解」


 入り組む地形の中を、おれはより光が強く感じる鉱脈を探して回った。


 推進力を生む足の装置は小さな気泡の尾を生んで、ビーコン代わりの明かりを受けて揺らいで流れて行く。その尾が追いつかないくらいに流れが増す場所を通り抜け、崩れかけた岩肌を星の光を辿りながら進んだ。


 見習いの使う一般的な装置と違って、ノールの作るそれは気を抜けばすぐ息が上がってしまうものだった。性能が良い……良すぎる分、使う側の身体に求められるものも高くなる。という感じだろうか。


 おれは技師じゃないから詳しい事はわからないけど、ノールの作る装置の場合、この場所を見ているのはおれだけじゃなく、装置自体もまたおれを通してこの場を読んでいると思えるんだ。


 人工知能のようなものを組み込んでいるわけじゃないのは知っている。そもそも、そうしたものが使えないからこそのおれたち生身な採掘師なわけだし。


 でも、ノールが採掘師の適性を持っているっていうなら、何となく理解は出来た。


 ここにいるのはおれひとりじゃない。装置を通して、ノールの指先もここにあるんだと。



 彼が掴もうとしたもの、掴みたいもの。その要求に合わせるように向き合わなければ、それは使う側も知らず負荷がかかって息も上がるだろう。


 進もうとしているものにブレーキをかけるのと同じ事。流れに逆らっていたら、ただ疲れるだけだ。

 それでは、上手くいくものも上手くいくわけがない。

 何度か光を捉えては結晶化するのを繰り返し、装置のクセを味方に付ける。それをどういう形にしたいのか、装置に、そしてそれを作ったノールの意図に問う。


 どうやって、あの星を、掴もうか。


  指の先から筋肉を通し、骨と血を経由して、身体全体がその答えを掴む。

 流れ出る星屑を掬い上げ、縒り合わせて。束にして固めて、それを引き抜き、引き寄せる。


 掌に、確かなそれを掴んだ時の快感は、今でも言葉にしようが無い。

 無いけれど。あえて、たとえて言うならば。



 運命を掴んだ瞬間。とでも言えばいいんだろうか。



「……ル、……ヴァルター! 応答しろ! 時間が過ぎてる! そろそろ戻れ!」


 気付けば、二時間と言っていたところをだいぶ回ってしまっていたらしい。あと少しで酸素残量も限界だというところ。耳元ではアラートが激しく鳴り響いていた。


 不安に駆られたノールの声で我に返って、おれは急いで船に戻った。

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