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「俺、個人の装備一式作るのこれが初めてなんだ」
出来上がった装備の部品を手際良く組み立てつつ、微調整も同時進行。忙しなく動く手先。視線を合わせないままそう零したノールの背中に、装備が出来上がるのを座って待つしかできずにいたおれは思わず、えっ、と驚きの声を向けてしまった。
「初めてって……」
「あからさまに不安な声出すなよ。お前んとこの親方さんの装備みたいに師匠の仕事引き継いでメンテナンスしたり、希望があればアレンジしたり、他の技師と一緒に装置だけ作ることは何度もあったの。それに、プログラムと設計だけなら何度も組み立ててきたんだよ。でも、一からひとりで設計して、ここまで人が動かせるように作ったのは、これが初ってこと」
光栄に思えよ。なんて言う口元は、若干ぎこちない笑みを浮かべていた。
「今まで、そういう相手はいなかったの? 貴方の技術なら、チームを組みたいって人もいただろうに」
おれがそう言えば、ノールは首を横に振った。
「そういう声をかけられたことが無かったわけじゃない。でも、話がうまく進まなかったんだ」
「そりゃまた、なんで」
保護具のゴーグルを外して、ノールは苦笑する。
「なんか、俺の作る装置は扱いづらいんだってよ。……理論的に高性能だってのはわかる。だけど、お前の調整した装置はクセが強くて、使っていくごとに動きづらくなる気がする。って、調整段階で言われてさ、結局、装備つけて試運転するより前に、チームの話もそのまま泡になっちまったよ」
「クセ……」
思い当たるところが無いわけじゃない。親方から借りたサブ装備、ノールが調整したっていう装置は、確かに他と違うところがあったから。
でも、そこまでだっただろうか。おれがそう考えていると、ノールはため息で続けた。
「俺が組むプログラムの影響だろうなってのはわかってるんだ。そこを師匠がやってたように組み替えればそうでもないから。でも、そうすると、俺が作りたいと思う物とは遠ざかる。……師匠はそこが上手くてさ、師匠が組む特有のクセが出ていても扱いやすい装置を作れる人なんだよな」
その日のノールはいつになく饒舌だった。完成間近の装置を前にして、嫌な思いをしたことや、自分の理想が形にならない憤りみたいなものを吐き出したいのかと、おれはそう感じて、話を促す。
「師匠の真似をしていけばいい。とはならなかったの」
「ならないね。だって、俺は、俺だぞ」
ノールは強くそう答えた。その眼の鋭さに、おれは一瞬息を呑む。
「師匠のことは尊敬してる。俺くらいの歳でムーサ生まれの技師はみんなあの人のようになりたいって思ってるはずだ。俺だって独立した今でもその気持ちは変わらない。あの人は本当にすごい人なんだよ。俺が学ぶこともまだ多い。けど。――あの人はあの人で、俺はあの人じゃない」
ノールの師匠は、惑星ムーサの申し子、なんて呼ばれている伝説の技師。星中どころか他の星まで名を轟かせ、現役で活躍している人だ。
ああなりたいと憧れて、追いつきたくて努力をした。同じ道に入り、近づけた。今はまだ、追い抜くことはおろか隣り合うところまでには至っていなくとも。
でも、その人の立つ場所に行きたいと思うだけで、その人自身になりたいわけじゃ無いのだと。そう、ノールは語る。
「採掘師も、自分の功績は誇りにするだろ。自分が鉱脈掘り当てたって時、胸張って自慢するじゃないか。俺たち技師だってそうだ。その装置に出てくるクセを見て、誰かの
何が何でも我を通すことを理想とするわけではない、それではただのワガママだ。だけど、こだわりというものはある。そのバランスの取り方が、ノールの場合はこだわりの方に少しだけ傾いている。そんな感じだった。
「……そんなんじゃムーサの技師なんかやっていけない、とか思ってんだろ」
むすっとした顔でノールはおれを見た。多分どこかでそう言われて来たのだろう。しかも、そんなに少なくない回数で。
ああそれで。と、おれはそこでようやくあの日親方が零した言葉の本当の意味を知った。
「そんなふうには思ってないよ」
おれは率直にそう返す。
「装置の性能を高めたいってノールの気持ちは調整してる中でよく伝わってきてたよ。それが、今おれら見習いが使ってる一般的な装備に比べるとかなり独創的なつくりだなっていうのも。でも、それでもまだ、おれが動きやすいように合わせて抑えてくれてるのは仮装着してるときにわかってたし。……そこまでできる人を、やっていけない人だ、なんてとても言えないって」
「……ヴァル、お前」
「採掘師は技師の作る装備が無きゃ、そもそも持ってる採掘師の適性を発揮できない。性格だとか技師の技術とおれらの適性が合う合わないは別としても、技師の能力には敬意を払え、って親方はおれに教えてくれたよ。採掘師の中には技師を兼ねてて全部自前で揃えちゃうような化け物みたいな人もいるけどさ、それで成功してる人はそう多くないでしょ。それなのに、貴方の作る装置が自分に合わないってだけで貴方の技術すら見下すようなやつは余所の技師の前でもおんなじような文句言うって、絶対」
そういう人を指して、お前なんか泡になっちまえ、って言うのが正しいんだろうね。おれが笑ってそう言うと、ノールもまた照れくさそうに笑っていた。
そんな笑顔を見たのはその日が初めてだった。だからつい口走ったのが良くなかった。
「笑った顔、可愛いんだね。貴方は」
言えば、ノールの顔は真っ赤に変わる。口を開けば怒号が飛んだ。
「――っ、んなこと言ってねえで、最終チェック! そこにある装置つけて、そっちの部屋入って待機してろ!」
「あっ、あの、ごめんっ、はい、すぐに行きます! ちょ、インカム投げないで!」
その最終チェックだ。
部屋を仕切るガラスの窓越し。ノールの眼が、照れ混ざりの怒りのものから、驚きに変わり、そしてたぶん喜びに輝きだすまでの一瞬は、おれは一生忘れられないだろう。
「……ヴァル」
「はい?」
その後、インカムに届いたノールの震える声も。
「すごい、すごいよお前! 潜ってすらいないのにここまで理想的な数値に近づいたの、初めでだ!」
ノール曰く。
装備はおれに合わせて調整した部分はほぼ無かったのだという。
合わせたのは身体のサイズと、生存機能に関わる部分だけ。それ以外の装置のプログラムは、ノールのこだわりを盛り込んだものだった。という話だ。
他の採掘師が調整段階で音を上げたというノールのクセの強さ部分も、おれにはさほど気になるほどじゃなく、むしろそのクセを掴んでしまえば一般的な装備よりも機能性は高くなるんじゃないか、そう思えるくらいだった。
それでも気になるところは調整をして貰って、さらにテストを重ね、装備が本格的に実戦に使えるようになる頃には、おれたちは必然的にチームを組んで行動するようになっていた。
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