13
静かな室内に深く息を吸って吐く音が響く。何度も聞こえた鼻を啜る音は、数分前にようやく消えた。
懐かしいソファに座って、肩を寄せ合って、触れてわかる位置で体温を感じたのは何年ぶりだろうか。その懐かしさと同じくらいの罪悪感をもって、おれはノールの言葉を待っていた。
「ごめんな……みっともないところ、見せて」
「落ち着いた?」
「なんとか」
まだ鼻詰まり気味な声で返すノールは、気まずいのか俯いたまま一向に顔を上げる気はないみたいだった。
「目元、冷やした方が良いよ。タオルある? 置き場所は昔のまま?」
「ん……」
顔を見せるのが嫌だと言うなら物理的に塞いでしまえば良い。おれはそう思って、ソファから腰を上げた。記憶しているままなら、勝手知ったるところではある。
きれいなタオルを探して、冷水を含ませてから軽く絞る。それを手渡してノールの目元を覆えば、肩の力が抜けたように見えた。冷たさと暗さでさらに落ち着いたみたいだった。
おれはまた隣に座って、ノールが何か言い出すのを待つ。
「……お前、さ」
「うん」
「ここに、戻る気は無いか?」
タオルを目元に押しつけたまま。頭はソファの背もたれに預けて、震える唇でノールはそう切り出した。
「またムーサの『人魚』に戻らないか。俺と、一緒に。……鉱脈の採掘権は放棄してないんだ、お前が戻れば、また元に戻せる」
「ノール」
「お前に、もう別の、特別な誰かがいてもいいから」
また涙が出始めたんだろうか、声が途切れがちに変わっていた。ノールなりに色々と気持ちを振り絞っているんだろうことは、痛いほど伝わってくる。
だけど。
「今のおれには専属の技師も恋人もいない。でも、昔と同じように、っていうなら、それは無理だよ。ノール」
おれはそう返すしか出来ない。
長く沈黙があって、掠れた声で、そっか、とノールは口元だけ笑って返した。
「だよ、な。……お前に、泡になっちまえって、言ったの。俺だものな」
「そうじゃなくて。だって貴方、他の星で成功したんだろ、技師として、ちゃんと貴方の作る装置を認められたんだろ? じゃあもう、ここでおれと組む必要もなくなったんじゃないの?」
惑星ムーサを離れて数年後、とある星の成功をきっかけにして、技師ノールフェンの名前は広く知れ渡ることになった。
採掘用の装置を扱う人達の中で話題に上がるだけに留まらず、それと近しい仕事をしていても、その場で必ず一度は耳にした。ムーサから遠く離れたところでさえ、だ。
誰でもない、自分の作ったものだと認識されるものが作りたい。そう言ったのはノール自身じゃなかったか。それが叶ったのなら、ムーサにこだわる必要も、おれを引き留める必要もないだろう。
「それなのに、今更ここにおれと戻ってどうなるんだよ。おれにとって貴方はもう、手の届かないとこへ行ってしまったも同然なのに」
「……俺は」
確かに、成功はしたんだろう。思っていたのとは違うかたちで。ノールはため息のようにそう吐き出した。
「師匠のやりかたを真似したんだ。それがたまたま上手くいっただけ」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「だって、貴方はあんなに自分の作るものにこだわって……」
「こだわって作っても、あの星では俺の満足する出来にはならなかったんだよ」
その原因を他人から指摘されるまで、自分でも気付かなかった。ノールはそう言うと、ムーサを離れてからの話を語って聞かせてくれた。
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