15
「そうお前」
「どういうこと」
「俺が作りたいと思う装置をそのまま作ると、結果的にお前が使うこと前提の装備が出来上がる。とでも思ってくれて良いかな。……だから、もう一度ここでやり直せないかって思ったんだ。でも、お前はあの時俺を守ろうとしてたのに、突き放すみたいにして追い出したのは俺だし、どう言えばいいかぐるぐる考えてたら、あんなことに」
もう温くなったタオルを冷やし直そうとしたか、片付けようとしたのか、ソファから腰を上げて、やっと合わせた視線もそらし、ノールは席を立った。
「でも。……お前がもう、そういうつもり無くて、新しい暮らしに慣れてしまってるなら、良いんだ、俺もここから離れて、師匠のやり方真似てやっていけば、それで、俺一人充分に暮らしていけるからさ」
「でもそれじゃ、貴方は貴方の作りたいものは作れなくなるだろ」
「いい。もう。お前がいないなら、意味が無い」
背中を向けたノールに、今度はおれから手を伸ばす。肩を引き寄せて、後ろから抱きしめた。
驚いたノールの肩が揺れた。はずみでタオルが床に落ちる。
抵抗は無い。代わりに、心拍が早まったのを肌に感じた。
いつか、そうやって抱きしめたことがあったような、記憶がふと蘇る。
「おれも別のところで使ってた装備で、貴方を思い出したことがあったよ。……それ、一般的な装備で見習いでも使うやつだから、誰でも使えるもののはずなのに、すごく動きにくいんだ」
「そりゃ、そうだろ。それまでお前専用に調整してきた装備使ってたんだから」
「そうなんだよね。……それで、もう傍に貴方がいないんだなって、痛いほど思い知った。貴方がどれだけ繊細に調整してくれてたのか、それ考えたら仕事にならなくなったくらいに。それで採掘の仕事から距離を置いて、別の仕事も始めるようになったんだ」
「……最後に連絡くれたのは、その頃か?」
「そうかも」
少しずつ、色々な仕事に手を付けた。慣れない事もした。でもその間で気持ちに整理がつき始めていた。時間薬なんていう言葉があるように、何年か過ぎた頃には、採掘の仕事にも戻れるようになっていた。
このままいけば、きっとこんな苦しさも昔のことに変えて、忘れられると思っていたのに。
なのに。
「直近では、けっこう大規模な
「すごいな……大仕事だ」
「でっかい機械と装置を動かすだけだから、特別すごいことはしてないけどね。でも、着実に成果が出ると嬉しいものでさ。ある日、その星の、おれがいた区域に雨が降って――」
落ち着いた、柔らかく優しい雨だった。そういう雨は星の気候が安定した証のひとつだったから、みんな喜んで空を見上げていた。
その、薄い灰色の雲が立ち込める中に、音も無く落ちてくるか細い雨粒を射貫くように。背後から太陽の光が差してきて。
「それで、今まで見たこと無いくらい大きな虹が出たんだ」
「虹……?」
「そう。見たことある?」
「直では、ない、かな」
それは本当に立派な虹だった。光を受けて赤く染まる大気と薄く灰色に広がる雲を背面にして、空一面に作り上げられた輝く巨大なスペクトルの半円が空を切る。
「それを見た時、おれ、一瞬、無意識で貴方を探してた。この海の底の、
語る間、視界が滲んで、抱きしめる腕に力が入った。虹を前にした時に実感した、どうしたって埋められない大きな空洞を埋めるように。
「貴方と、この光景を、同じ場所で共有したいと思ったのに、……隣に貴方がいないことはっきり実感したら、おれ、その場でボロボロ泣いちゃってさ。仕事仲間に気を遣われて、仕事もある程度片付いてたから長期の休みを取って、というか取らされて、傷心旅行中だったわけなんだけど……」
息を吐いて、腕を解いた。緩んだ隙間で、ノールが向きを変える。
「傷心旅行って」
「貴方の話聞いたら、それも、無意味になりそうだね……」
改めて、両手を広げて笑って見せた。
笑えていたかどうか、霞み出した視界じゃ自信は無いけど。
「……じゃあ、ヴァル、お前」
「おれは、本当に貴方の傍に戻ってもいいの? ノールフェン」
「うん。……ッ、戻って来て欲しい、ヴァルター。俺には、お前が必要だから」
どちらともなく近づいて、何年かぶりのキスを唇に。
その後は、離れていた距離を縮めるように肌を合わせて、時間を取り戻すように濃密な夜を過ごした。
ノールが寄越したメッセージの、答えを示すようにして。
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