ガラクタ
第20話
「やあ、丁度来る頃だろうと思っていたよ」
青髪に紫色の瞳、病的なほどに細身で色白の青年が、警戒しながら入ってくるのを猫目を三日月型に細めながら出迎える。
「その耳飾り、あんたが黒猫か」
「見ての通りね。まあ座りなよ。未成年だからオレンジジュースにしたんだけど、いいかな?」
「‥‥」
「そう警戒されると対応に困るんだけど。僕はただ客人を持て成そうとしているだけだ。一応依頼主でしょ、〝刹那〟くん」
何故世界で二人しか知らない名前を知っている、というところまで思考を巡らせてふと我に返る。
別にそれ自体はどうでもいいことだ。
何故知っているか、その問いはこの見るからに怪しい男が情報屋であるからで大体片付くだろう。
『聞いてもいないのに、ペラペラと余計な情報を開示してくるような奴は大概は小物だ。そうやって、初見で相手より優位に立っているように錯覚させることしか手のない無能。そんな頭脳派を演じたがる奴の対策方法は一つ、〝何も考えないこと〟だ』
尊敬する男の有難い教訓が、こんな場面で生かされるとは。
普段は極めて口数が少ないのに、珍しく長々と忌々しそうに話していた言葉があまりに的を得ていて思わず笑いが漏れた。
「‥‥噂に聞いた通り不気味な奴だ。反射的に目的を忘れて警戒してしまった」
「へぇ」と意味ありげに笑う男を横目に、案内された席に着く。
「時間に余裕がないから率直に聞く。あんた、能力者についての情報は持っているのか?」
「勿論」
「どのくらい?」
「そうだね、少なくとも君が能力者であることは知っているよ。言わずもがなその能力もーーね」
◇
親の記憶はない。
生まれた場所も、自分が何者なのかも知らない。
自分を形容する唯一のものは、この身に刻まれた〝F〟の刻印だけだった。
拉致や人身売買で集められた老若男女が、鉄格子に囲まれた狭い檻に閉じ込められている。
人体実験ではわざと痛めつけるようにありとあらゆる薬品を投入され、能具の為に気絶するまで血を抜かれ、研究員からの腹いせで無意味に拷問をされることも少なくなかった。
女はそれなりにいたが実験に耐えられるだけの耐性はない。
檻の中と外で性の捌け口にされて、精神的にも肉体的にも男より駄目になるのが早かった。
そもそも、能力を得ること自体稀だった。
殆どは投薬された時点で錯乱したり細胞が破裂したりして死んだ。
食事や睡眠も満足に与えられず劣悪な環境に押し込められて病が充満しており、実験の前に破棄される人も多かった。
ーー穴があった。
実験体が監禁されている檻の目の前に、大きくて底も見えないような深い穴が。
死体だけでなく、息があっても使い物にならなくなった時点で、ゴミのようにその穴に捨てられる人を数え切れないほど見てきた。
仮に実験に成功しても、能力を得てすぐに壊れる人と戦場に駆り出されて帰ってこない人の二通りだった。
その上、能力によっては外に出ることも叶わずに使い潰されることも少なくはなかった。
一番厄介なのは〝再生〟の能力だ。
どれだけの痛みに耐え、どれだけの治癒力を持っているのかを、死ぬまで実験される人を数え切れないほど見てきた。
不幸中の幸いだったのは、手にした能力が対人向けの〝転移〟だったことだ。
仮に〝再生〟の能力者であれば、死ぬまで拷問され、血を搾り取られ、能具の糧にされていたのかもしれない。
物心ついた頃には、実験動物として扱われてきた人生で、最初に覚えた言葉は〝ガラクタ〟だった。
言葉の意味は分からない。
それでも、研究員から日常的に浴びせられ、穴に落とす人に最後に吐き落とされるその単語が、侮蔑でしかないことくらいは理解できる。
恐怖心も苦痛も、感覚が麻痺していたのか、他の人と比べて薄かったように感じる。
ーーだが、生きたまま穴に捨てられるのは本能的に嫌だと思った。
その穴に、尋常じゃないほどの嫌悪感を抱いてしまう。
恐れ、とは何かが違う。
実験体以外にも、廃棄物を処理するようなその場所で生き絶えるくらいなら檻の中か、戦いの中で死にたい。
嫌だ、その中は嫌だ。
感情もない、無機物と同じ扱いで処理されるなんてごめんだ。
それなのに、命を削りながら能力を使う度に、夢の中に穴が現れる。
とうの昔に抜け出した、もうこの世のどこにも存在しないはずの穴に、今も永遠に囚われている。
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