贖罪
第10話
『どれがいい?』
色とりどりのリボンを差し出しながら、その人が問いかける。
鮮やかで綺麗なものは酷く自分と不釣り合いに思えて、受け取る気にはなれなかった。
『ガキが一丁前に遠慮すんなって』
そんな人の気も知らずに強引に押し付けられたものだから、仕方なく一つを受け取って後は強制的に突き返した。
『その色でいいのか?お前の髪色だと、青の方が似合いそうだが』
『‥‥これで、いい』
『そういう時は、〝これがいい〟って言うんだぞ』
『‥‥』
『貸せ、結んでやるから』
押し付けたり取り返したり忙しない人だと溜息を吐くが、髪に触られるのは案外嫌ではない。
『なんだ、やっぱり似合うじゃないか』
リボンで高い位置に括った髪を見て、満足げに頷く。
『せっかく綺麗な銀髪なんだから、隠していたら勿体ないだろ?』
一部始終を見ていた仲間達に揶揄われる男を横目に、幼い少女は死んだような目を僅かに瞬かせると静かに口元を綻ばせ、大切そうに水色のリボンに触れた。
『俺たちと来い』
『‥‥』
『お前一人で何が出来る』
『‥‥沢山、殺したから。何の罪もない人たちを』
未差別に殺戮を繰り返し、血で染めた手で救いの手を握り返すことなどできない。
『奪った分だけ、救えばいい』
『‥‥でも』
『償うことが出来なくても、お前が生きる理由くらいにはなるだろう』
『‥‥』
『なら、こう思え。お前は俺に利用されるのだと』
『‥‥利用?』
『ああ。この世界を救う為のな』
ーーそれは、荒唐無稽で、子供の見る夢物語のようだった。
『闇と悪っての、光と善があるから存在する。だから俺たちがその光とか善になりゃいいんだよ』
『偽物でも妄言でもいい。本質がどうかは結果論であり所詮は自己満足でしかないんだからな』
『お前はどちら側がいい?このまま、何もせずに罪人のまま誰かに殺されるのを待ち続けるか?』
『‥‥私、は』
『足掻くことは悪いことじゃない、死を望むのなら、生きることを贖罪にしろ』
『‥‥っ』
『ーー生きて、償え』
もしも、この世界に神がいるのなら、彼こそが私にとってのそれだった。
私にとっての神様が、罪を抱えて生きろというのなら。
そうして生きることが、贖罪というのなら。
力強く差し伸ばされた手を、震える罪に塗れた手で握り返した。
『泣くなよ。やっぱりガキだな』
長いこと忘れていた人の温かさに、溢れ出した涙が止まらなかった。
この人となら、この人たちとなら、幾ら荒唐無稽だろうが、馬鹿らしかろうが、何でも出来るような気がした。
もしかしたら、押し潰されそうな罪責の念から、解放される日が来るかもしれないと愚かで淡い期待さえした。
全てが終わったその日までは。
『‥‥お前が、いなければ。お前さえ、いなければっ!』
伸ばされた救いの手を、地獄へと引き摺り込んだのは他ならぬ自分自身だった。
『この、化け物がぁッ‼︎』
自ら作り上げた血溜まりに座り込んで、指先と縫い付けられたように離れない銃を握り締めていた。
誰かに救われた記憶が、誰かに守られた記憶が。
私を突き動かし、彼らと同じように破滅へと導いてしまった。
記憶がなければ、誰かを救おうとはしなかっただろう。
それでも、感情とは違い、記憶は封じ込めることができない。
今の私を象るのは記憶と能力と〝呪い〟だ。
切り離すことのできない、私が私である証。
フードを深く被り直すと、〝強化〟と唱える。
全身に荊棘の紋章が浮き上がると同時に、強く地を蹴った。
人里に戻ると、ジャンヌダルクを捉えるべく屯している〝主〟を見つけ次第一人残らず始末した。
指名手配者で出回っていることもあり、〝主〟や殺し屋、賞金目当ての一般人、〝主〟の息のかかった警察と、見境なしに襲撃に遭った。
〝強化〟
それは、身体能力を一時的に底上げする3つ目の能力だ。
反動が大きく、極力使わないようにはしていた。
けれど。
今の私では、誰一人として救うことが出来ないことを思い知ったから、出し惜しみするだけの理由はなくなった。
ヨルと出会ってーー否。ヨルと出会う前からも、一つとして成果を挙げた試しがない。
所詮は、一時凌ぎでしかないのだ。
〝主〟そのものをどうにかしなければ、根本的な問題は解決しない。
今日救った人も、明日以降〝主〟によって虐げられない保証はない。
ーーあの日、呪いを受けたその瞬間から、今まで私がしてきたことには何一つ意味はなかった。
今までも、そしてこれからも、私は何も出来ず悪戯に希望を抱かせて同時に絶望へと突き落とすだけかもしれない。
それでも、私は立ち止まるわけにはいかなかった。
例え、この命尽きる日まで、ジャンヌダルクという概念として、人々の慰め程度の存在になれないとしても。
化け物の身で、化け物の力を使いながら、彼から受けた呪いを背負い、終わりなく戦い続けるしかないのだからーー。
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