第12話





海沿いにある巨大シェルターを囲むようにして、100ほどの武装した人員が配置されている。



情報通り、重要な取引だけに厳重な警戒だ。



例え遠距離射撃を使われても射程圏外であるコンテナに身を潜めながら思考を巡らせる。



シェルターだけに外部から破壊を試みるのは難しいだろう。



まずリーダー格を仕留め、混乱に乗じてシェルターの中に〝転移〟をした爆弾を投げ入れる。



長期戦になれば不利になるが、多少の攻撃を受けたとしても〝強化〟を使えばどうにかなる筈だ。



視線を巡らせれば、一人だけ異様な空気を纏った男が目に留まった。



あの男の瞳の色、どこかでーー。



気配も殺しており勘付かれる筈もない距離だが、男が一瞬だけ視線を向けたような気がした。



その拍子に、鮮明に見えた色にハッとする。



この業界で知らないものはいないだろう。



青い瞳の男、〝主〟の仲介役だ。



あらゆる実権は全て〝主〟が握っているが、〝主〟に属さない組織も確かに存在する。



反乱分子になりかねない存在でもあり、〝主〟の監視の目は常にあるもの、利害さえ一致すればお互いにとって有益な取引をすることもある。



相容れぬ組織同士の仲介を行っているのが、この男だ。



一介の下部組織の頭というだけで、そのような重要な役割を担っているのは単純な個人の並外れた実力故だ。



〝主〟唯一の良心と言えば聞こえはいいかもしれないが、あくまで話が通じるような常識があるというわけで、組織の傀儡であることには違いない。



それでも、均衡を保つには欠かせない存在であることには違いない。



少なくとも、現時点では殺してはならない対象だ。



殺さない程度に傷を負わせて、身動きを取れないようにすればいい。



見たところ、彼以外の人員は戦力自体は大したことはなさそうだ。



彼さえどうにかすれば、取引の妨害など容易い。




「‥‥え」




ドサリと何かが地面に落ちる。



突然の出来事に、漠然と〝それ〟を眺める。



普通であれば、絶叫しのた打ち回るほどの痛みに〝慣れ切った〟が故に、反応が致命的に遅れてしまったのだ。



間を空けずして、銃声が3度ほど繰り返された。



程なくして噴き出した液体が地面を赤く染めていく。



それは、他でもない私の体から流れているものだった。



同じ箇所に、数多の銃弾が転がっている。



肩から先のない箇所と、撃ち落とされたらしい左腕を見下ろす。



放心したまま、一瞬だけ視線を逸らしていた男へと戻す。



そこには、狙撃銃を構える男がいた。



一人だけ異様な空気を纏った、男が。



射程圏外の、それも肉眼では人影を確認することすらも困難な場所で。



〝青い瞳〟は確かに私を見ていた。









今夜、新たに〝主〟に加入する勢力との面会に因んだ大規模な取引がある。



内容は重に物資の売買で、ヤクやら武器やらといった重要物であり、その総額は億にも達するらしい。



それだけの多大な額が動くのだ。

厳重な警備が施されて、人員もかなり振り分けられているのだがーー。





「‥‥やってられねぇな。まったく」



警備中だというのに、思わず溜息を吐いてしまうのも仕方がない。今回の任務は、組織の中でも相当な強者揃いだと聞いていたが、信じられないことに現場の総責任者は一介の下部組織のボスだという。



無論、名前は知っていたし実力も噂には聞いていた。



だが、幾らなんでもGRIMM直属の手練れが揃っている中、この男が総責任者を任せられるなど面汚しもいいところだった。



そいつが並大抵の男ならとっくに反発が起きていても仕方がないが、不満を抱きながらも手出しする者は一人としていなかった。



それもそうだ。



実際、上層部のお気に入りにして、次期四冥王だなんて噂されてるやつ相手に、こんな重大な任務中に反発する奴はただの命知らずだ。



それに、数多の戦場を潜り抜けてきたやつなら分かるはずだ。



男の纏う強者特有の圧倒的な空気を。



そこらの下部組織のボスやってるのが不思議なくらいだ。この男なら組織の幹部になることなど造作もないだろうに。



生まれながらの勝ち組っていうのは、こういう奴のことを言うのだろうと、嫉妬心すら芽生えないほどに男は格が違いすぎる。








「おい」


「‥‥」


「おい」



いつの間にか青色の瞳が向けられていて呆然とする。







「それを寄越せ」


「‥‥え?」


「それだ」



男が指差すのは背負っている狙撃銃で、「‥‥は、はぁ」と状況が呑み込まないながらも手渡すと1秒と経たずに発砲する。






「な、何して」




男が撃った方を凝視するが、鼠一匹見えない。



それでも、男は明らかに何かに向けて3.4発撃ち終えると狙撃銃を返して全体に指示を出す。





「敵襲だ。標的は単独、致命傷を負わせたが逃亡中。速やかに追撃しろ」








〝勝てない〟



能力者でもないたった一人の男相手に、まともに戦うこともなくそう確信したのは初めてだった。



能力の反動だとか、人数が多すぎるからとか、そんな問題ではない。



今までの敵とあまりに格が違いすぎる。



恐らく、単純な実力では敵わない。



大勢の敵が迫って来るのを気配で察知し、地面に落ちた左腕を拾って後退する。



一度撤退するしかない。



致命傷を負ったにも関わらず長時間動き続けるのは危険だ。



射程距離内ギリギリで、ここまで正確に撃ってきたくらいだ。



腕を損失したことは、向こうも気が付いている筈だ。



〝再生〟を使って回復して、拠点に乗り込んだ所であの男を出し抜いて取引を妨害できるとは到底思えない。



私がジャンヌダルクであることも、能力者であることも知られるわけにはいかない。



能力を行使する時は、必ず気付かれない程度に抑えるか、その場にいる敵を全滅できると確信を持てた時だけだ。



万が一どこかから情報が漏れてジャンヌダルクが能力者であることを知られたら、私に対抗するべくいつかの彼のような憐れな能力者を駆り出される可能性がある。



私の能力には制限がある。



長期戦になればなるほど不利になり、最悪の場合は戦闘中に機能停止になって拘束されるのがオチだ。



これ以上状況が悪くなれば、また使命から遠ざかってしまう。



態勢を整える為にも、どこかに潜んで傷を癒す必要がある。



傷を癒やしたところであの男に敵うかなど定かではないが、このまま引き下がるわけにはいかない。



「ーー再生しろ、元の姿に戻れ」





私の能力の一つである〝再生〟



肉体の時を戻す力だ。



しかし、対象は自分に限る。



何度か試したことがあるが、自分以外の人や物には効果は無かった。



千切れた腕と、その箇所が光に包まれると元の状態に戻る。



損失した箇所がなくても再生はできるが、能力の消費を軽減するには実物が必要不可欠だ。








「〝強化〟」




毎度のことながらそれは突然やってくる。



〝オーバーヒート〟だ。



力を行使し続ければ、反動で身動き一つ取れなくなる。



回復したつもりではあったが、まだまだ万全な状態からは程遠かったらしい。



どうやら、取引を中断するだけの時間は残っていなさそうだ。



この状態で向かったところで、無駄死するだけ。




ーーならば。



血を吐きながらも最後の力を振り絞り〝カラーリング〟と〝ストレージリング〟を同時に使用して、髪や瞳の色を茶色に変え、衣服を普段着に変える。



あれだけ明確に急所を狙い撃ちにしたのだ。致命傷を負わせたことには気付いているだろう。



これで私が襲撃犯である証拠は隠滅できた筈だ。



次第に意識が、薄れていくーー。














「おいおい、お偉い総責任者様はどこに行ったんだよ」


「吾妻なら取引が終わったからって〝上〟を本部まだ警護するんだと」


「ったく、最後まで特別扱いかよ」


「‥‥はぁ、この調子だと俺らだけお咎めじゃねぇか。ーーって、おいこっち来いよ」


「何だ」


「女だ」


「は?マジじゃねぇか」


「何でこんなところに倒れてんだ」


「まさか、こいつが襲撃犯か?」


「なわけあるか、現場があんだけ血塗れだったのに無傷のわけないだろ」


「痩せ細ってるし行き倒れだろ」


「ふーん」


「‥‥」


「なあ」


「何だ」


「こいつを襲撃犯ってことにすれば良くねぇか?あいつも致命傷を負わせたって言ってただろ?なら、拘束後処分したって言えばそれで済む話だろ」


「‥‥確かに、わざわざ確認しに来ないだろ」


「そこまで追及できる立場でもないしな」


「どうせ死んでる奴探すために無駄な労力使いたくねぇし」


「こんな上玉がいるんだ。もっと有意義なことをしようぜ」


「襲撃って言っても未然に過ごせてるし、体力も有り余ってる」


「それに、鬱憤も溜まってたし丁度いい。ーー楽しもうぜ、お前ら」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る