Binary Star

第13話




ずっと、檻の中にいた。



物心ついた時からのことで、一度も外に出たことはない。



檻の中で膝を抱えて、人身売買チームにより売り買いされながら流れゆくままに身を任せていた。



この身の価値は、左右で色の違う目玉だけ。



寝ていようが無理矢理叩き起こされて、強制的に目を開けさせられる。



それ以外はどうでもいいと言わんばかりに暴力を振るわれることもあれば、餓死寸前になるまで食べ物を与えられないこともあった。



言葉を発したこともなければ、聞こえてくる言葉を理解しているわけでもない。



不幸中の幸いか、先天性の他人の心の声や形を見聞きできる〝自然発症型の能力〟を持っており、それまで劣悪な環境でも生き残れたのは、言葉さえ分からずとも渦巻く悪意から上手く立ち振る舞えたことが大きいだろう。



自分は人ではない。



ただの商品だ。



ただの、物。



言葉を発することも、感情を持つことも、温もりさえも、何一つ知る価値のない傀儡。



一生人に弄ばれるだけの人形。



飽きたら売られて、また別の奴に買われる。



誰に買われようがどこに連れて行かれようが、何も変わらない。



それらを苦痛と思うには、外の世界を知らなさすぎたのだ。






〝飽きた〟だとか、〝最初は物珍しかったが次第に気味悪くなった〟だとか、そんな理由で再び売りに出され、トラックの荷台に積まれた檻に揺られてる最中だった。



何かが視界の端を遮ったたような気がしたが、見間違えだったようだ。



‥‥寒い。



荷台が酷く揺れて気分が悪い。



空腹感は幾ら経っても慣れることはない。



少しでも寒さを凌ぐために膝に顔を埋めて身を縮める。



簡易な作りの檻は、錆び付いていてある程度の衝撃を加えれば簡単に壊れそうだ。



それでも、逃げようとは思わなかった。



逃げたところで野垂れ死ぬか、他の誰かに捕まって商品にされるだけだ。



同情なんてされたこともない。




助け出してくれる人なんて、誰一人としていないんだ。



自分を嘲笑うかのように、月はどこまでも輝いていて目が眩む。



寒い、寒い、寒い。



身も心も悴んで、震えが止まらない。



他者を痛めつけ、虐げ、利用することで快感を覚えるような人の心のように、世界はどこまでも黒くて醜いものに包み込まれている。



あの目障りな月も、その渦に呑み込まれてしまえばいいーー。



頭上で突如強い風が吹く。



伏せていたことで顔に掛かっていた髪が風にさらわれ、その隙間から人影のようなものが見えた。



それはまるで、月の中から現れたようだった。



光る何かを手に持ち、白い外套を纏い、絹のように長く美しい銀色の髪を靡かせながら、人影が空から降ってきた。



その人は運転席目掛けて大剣を振り翳すと、中に乗り込んだ。



やがて、静かにトラックは停車した。




再び現れた彼女は、近くの茂みに大剣の血を払い落とし、静かに近付いてくる。



男を殺めたであろうその人を、不思議と恐ろしいとは思わなかった。



今までの人と何かが違う。



きっと自分に危害は加えない。



そう、確かな自信があった。



心の声も形も、何も読み取れない。



あまりに人間離れした外見や、異質な空気感から、人がどうかも分からない。



それでも、怖くない。






光を浴びて輝く銀髪に、月よりも明るい黄金の瞳。






『不思議な子』




せせらぎの様に、耳心地の良い声。







『あなたは、恐れていない』




風鈴のように、静かで優しい。






『目を、逸らさない』




どこまでも、綺麗だ。







『怖く、ないの?』




言葉の意味が理解できずとも、いつまでも聞いていたい声だと思った。






『私が、恐ろしく、ないの?』




目を奪われるというのは、

心惹かれるというのは、

こんな感覚なのだろうか。



月を背に立つ彼女からは、耳障りな声は聞こえない。



黒々とした醜い心は見えない。



どこまでも、鏡水のように穏やかで。



本当に人間なのかと疑うほどに幻影的で。



視線を交えれば最後、脳裏にこびりついて離れない圧倒的な存在感。



一目見た、その瞬間から。



神秘的なまでに美しい少女に、魅入られていた。



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