第5話





「また、街が一つ消えた」


 



理由は明白だ。



〝主〟に逆らったからだ。



収入に見合わぬ多額の税の強要をした挙句、払えなかった街は直ちに粛清される。



火が放たれ、住民が惨殺されるその光景はまさに地獄絵図だ。



この程度のことは日常茶飯事だ。よくある、ただの見せしめに過ぎない。



そんな認識こそが異常だというのに、主に毒された人々はいつしか正常な判断すらできないようになってしまった。



不意に黒い影が視界に映った。




「猫?」



特に敵意を感じられずに振り払うことをしなければ、肩に見慣れた月の耳飾りを付けた黒猫が飛び乗ってきたのだ。



すました顔で居座る猫に違和感を覚えないわけではないが、どうやら今は他に優先することがありそうだ。






「おかあさんっ、ーーおかあさんっ!!」




五つくらいの少女が、瓦礫の下敷きになって血を流す女性に必死に呼び掛けていた。



すぐに瓦礫を退かすが、もう遅かった。



ピクリとも動かないその女性は、明らかに息絶えていたのだ。






「‥‥死ん、じゃったの?」


「‥‥」


「‥‥約束、ずっと一緒だって」




力無く地面に折れた両足でへたり込むと、やがて躊躇なくガラスの破片を首に突き刺した。



止めることはできたが止める理由がなく傍観した。



少女が苦しそうに呻きながら、体を痙攣させる。どうやら、幼いが故の非力な力では即死には至らなかったらしい。



やがて、縋るような目で私を見上げてきた。






「おね‥‥がい」



頷くと、仕込み刀を取り出した。








「恐れる必要はない」




最後の力を振り絞り、少女は冷たくなった母親の手を繋いだ。









「死こそが、人間に与えられた究極なる救い」









血で濡れた剣をしまうと、背後からの気配に大剣を具現化して身構える。







「‥‥生存者、発見。敵、殺す。敵、排除」




光を失った虚ろな瞳が、私を見ていた。






「‥‥命令、殲滅。命令、命令命令命令命令」



狂い方から、脱走したこともあり念入りに洗脳されたことが窺える。



例え軽いものであったとして、一度でも洗脳を受ければ心身共に侵される。



奇跡的に解けたとしても、思考と行動を他人に操作される感覚は永遠に消えることなく己を蝕み続ける。



何より、洗脳を受けていた記憶は鮮明に残る為、正気に戻ったところで罪悪感に苛まれるだけだ。



彼もそうだろう。



心優しく、自己犠牲すら厭わない人が他人を無慈悲に殺した事実に耐えられるわけがない。



せめて一思いに。

苦しまないように。



彼は〝再生〟の能力者だ。

ならば、その回復力を上回る攻撃を繰り出せばいいだけ。






「〝転移〟」



刃先に触れると、その箇所に荊棘いばらの紋章が浮き出す。



地を蹴って飛び上がると、大剣を翳して斬りかかった。









「ーー日向っ‼︎」




思わぬーーいや、可能性は十分にあった人物の登場に攻撃を止めようとするが、強化状態の大剣をストレージリングに納めることは不可能だ。



対象との間に割り込んできた依頼主は、背後からは恋人の銃弾を、真正面からは剣筋を受けようとしている。



このままでは両者とも殺してしまう。



咄嗟に剣を遠くに投げ飛ばすと、対象の銃弾目掛けて仕込み刀を突き刺す。



それらは、僅か数秒の出来事であった。



投げ捨てた大剣は近くの建物を全壊させ、彼の銃弾を防いだ仕込み刀は粉々になっていた。






「‥‥お願い、元の日向に戻ってぇっ!」




危険も顧みずにしがみ付く彼女を、振り解こうと身を動かした彼は、やがて首に手を掛けて締め上げる。






「‥‥いい、よ。‥いっそ‥あなたの‥手で‥‥。終わら、せて」





大粒の涙を流しながら、自分の首に手を掛ける彼の頬に両手を添えた。






「‥‥巻き‥込んで、ごめん‥なさい」



彼女は彼の為にも一人で生きようと努力したのだろう。



けれど、最後の最後で耐え切れなくなってここまで来てしまった。



朦朧とする意識の中で、心の底から侘びれた声色で絞り出した謝罪は私に向けられたものだった。



彼女を責めることはできない。



愛する人を愛するが故に死なせてあげようとした彼女が、仕方がないからと彼を見捨てられるわけがなかった。



人殺しだろうが、罪人だろうが、能力者だろうが関係ないと、何度も名前を懸命に呼びかけるか細い背中が物語っていた。





「‥‥ひ、な」



どうやら一時的に意識だけを取り戻した様子ではあるが、何ら喜ばしいことではない。



洗脳中であろうと、本人の意識は元よりそこにあるのだ。記憶を失っているわけでも、他の思考を上書きされたわけでもない。



記憶も意識も体も間違いなく自分のものである

のに、一切制御できない。



自分でありながらも、自分のものではない。





「‥‥日向」


「早く、にげ‥‥て」


「‥‥」


「体が、言うことを‥‥聞かないんだ」




一瞬だけ手の力が緩んだが、すぐに元に戻る。






「‥‥お願い。この‥‥ままだと、日菜まで殺してーー」


「‥‥いや、だ」


「おれに、これ以上罪を重ねさせないでくれぇっ!!」




血の涙を流しながら必死に抵抗するのに、心とは裏腹に愛する人の命を奪うべく首を絞める腕に力が加わっていく。



「‥‥依頼を、放棄しますか?」




依頼内容は彼を殺すことだ。



本来であれば、受諾された依頼を覆すことは契約違反で罰則も科せられる。



けれど、このまま依頼を遂行するには依頼主である彼女をも殺すことになるだろう。



依頼主の保護までは依頼内容に含まれていないが、かといって易易と殺すわけにはいかない。






「もう一度尋ねます。依頼を放棄しますか?」


「‥‥はい」




苦しみながらも何とか答えたのを確認すると、翡翠石ひすいせきを掲げた。








「目を閉じてください」


「‥‥な‥にを」


「早く」




完全に無意識だった。



何かに取り憑かれたように、勝手に体が動く。









『無償の偽善ほど愚かな行為はないよ』



それはやがて綻びを生じ、己の首を絞めることになるだろうとヨルは言った。









「‥‥ごめんなさい」



この世のどこにも存在しない者に告げると、翡翠石を空に向かって高く弾いた。



その瞬間、目が眩むほどの光を放つ。



やがて、翡翠石はただの石となって地面に落ちた。




「日向、目がっーー」




色を失っていた瞳に、光が宿る。






「おれは。一体、なんて事をっ‥‥」




彼からすれば、正気に戻ることは酷でしかないだろう。やがて蹲って頭を抱えると、彼女に抱き締めていた。






「依頼は不達成です。報酬はお返しします」



彼女にヘアピンを返すと、背を向けた。





「待ってください。‥‥本当に、本当にっ。ありがとうございましたっーー」


「お礼を言われるようなことは、何も」


「それでも、彼の洗脳を解いてくださったことを心から感謝します」

 

「一刻も早く街から離れてください。主の支配下から免れている街をお伝えします。道が険しく辺境にはなりますが」




地面に落ちた彼の銃を拾うと、重く無機質な感触から強烈な吐き気に襲われる。



落とさないようもう片方の手を添えて深呼吸すると、もう一度〝転移〟と唱えた。



荊棘の紋章が施された銃を、まだ立ち上がることもできない彼の代わりに彼女に差し出した。






「使って下さい。使用回数には限りがありますが」


「‥‥あなた。もしかして」


「長くは保たないので、あまり頼りにはしないでください」


「‥‥どうして、ここまでしてくださるのですか?」


「‥‥」


「報酬もないのに、どうして‥‥」


「‥‥」


「意味がないからです」


「‥‥え?」


「こんなことをしたところで、何の意味も、価値もないからです」


「‥‥」


「負い目を感じる必要はありません。どうせーー」






逃げ切れない。



仮に街にたどり着いたところで、彼の寿命はそう遠くない内に尽きてしまう。










「‥‥意味も、価値もないのなら、何故」


「さあ」


「‥‥?」


「‥‥そんなこと、知りたくもない」





黒猫は、いつの間にか姿を消していた。














「こんなところで何をしてるのかな。素顔なんか晒して」




廃墟と化したビルの屋上で、銀色の髪を靡かせながらただの石となってしまった物体を眺めていると、音もなく全てを見透かしたような笑みを浮かべたヨルが現れた。





「君がそんな希少なものを持っていたなんて、知らなかったよ」


「見ていたの?」


「僕は情報屋だからね。監視の目はどこにもあるよ」


「‥‥」


「依頼内容は彼を〝殺す〟ことだったのに。あそこまで介入したんだ。依頼主の意思がどうであれ依頼を推敲するべきだったよ」


「‥‥」


「雇う側と雇われる側は、対価と代償が両立することで関係性が成り立つ。今回で言えば対価は君自身だ」


「‥‥」


「命懸けの依頼を破棄するだけでなく妨害するなんて、あるまじき行為だ。僕だったらその時点でどちらも始末していたね」


「‥‥ヨルが怒るのも、当然だと思う」


「怒る?僕が?まさか」


「‥‥」


「怒ることで得でもあれば別だけど。そもそも、僕は。ーーいや、僕らは感情なんて制御も効かず道理も存在しない煩わしいだけの不要なものは持ち合わせていない」


「‥‥」


「黒猫の一族は、生きる上で感情を不要なものと判断し切り捨てることで、こうして時代の渦に飲まれることなく生きながらえてきたんだ」


「‥‥」


「近頃まで君も同類だと思っていたけど、どうやら僕の解釈違いらしい」


「‥‥自分でも、分からない。何故あんなことをしてしまったのか」


「‥‥」


「無意識だった。衝動的に体が動いて」


「‥‥」


「よりにもよって、あの人の遺品を使ってしまうなんて」


「遺品?」


「‥‥」


「興味深そうな話だけど、それよりも僕が前にした話は覚えてるのかな」


「〝無償の偽善ほど愚かな行為はない〟」


「物自体ではなく、依頼主の価値観で報酬を要求するのは、牽制であり保険なんだよ。極端に金銭を要求するのなら、貧乏人はまず無理だし、金持ちとなると君の宿敵の〝主〟の誰かになってしまう。報酬が安ければ安いほど、興味本位だったり策略だったりに巻き込まれ兼ねない。ジャンヌちゃんは命懸けなんだから、相手も命くらいに大事なものを提示しなければ釣り合わないだろう」


「‥‥」


「その不釣り合いは取引において波紋をもたらす。相手を付け上がらせて、過度な要求をされる可能性もある」


「‥‥」


「だから、無償なんて以ての外さ」


「‥‥」


「助けられないと分かっていながら、何故手を貸したの?」


「‥‥」


「彼らを本当に助けたいなら、一生付き添うしかない」


「‥‥」


「君はそれを理解していながら手を貸したんだ。守り通すこともできないのに、無駄な真似をして無意味に危険を被った」


「‥‥」


「変声機も途中から使っていなかったし、能力は平気で見せるし、力も与えるし、報酬は返すしさ。君は、結局最後まで何も対価を受け取らなかったじゃないか」


「‥‥」


「契約も守れないような人を雇う気はない。今回は初犯だから目を瞑るけど次はないよ」


「‥‥ごめんなさい」


「いいかい。今回は相手が良かったかもしれないが、善人だからといって誰でも信用してはいけないんだ。今回のケースで言えば、彼らがジャンヌダルクの情報を対価に生き延びようとする可能性も十分にあり得る」


「‥‥」


「人間っていうのは順応する生きものなんだよ。イレギュラーでも幾度か続けば当たり前になる」


「‥‥」


「依頼人に深入りすることも好ましくない。今回のことが公になりでもしたら、君は同じ状況になったら誰であろうと無償で洗脳を解き力を与えなければならない。もし断りでもしたら〝ジャンヌダルクは依頼主を差別するのか〟って大きな反感を買い、この業界を追放されることになるだろう」


ヨルの言い分が全て正しいとまでは思わないが、それでも理には適っているのだろう。



ーーだからこそ。






「ねぇ、本当は分かっているんじゃない?」


「‥‥何を」




猫のような黄色い瞳が怪しく光り、三日月型に歪めて嘲笑する。









「君が手を貸した理由だけど、何も難しいことはないよ。ーーただ、情が移っただけだろ」




確信めいた物言いに、返す言葉はなかった。



違う、と言い返せる理由があればヨルも断言しない。







「正直さ、君の確かめたいこともある程度想像がつくんだ。近頃、ますますルツくんを遠ざける理由もね」


「ルツはーー」


「関係ないとは言わせないよ」

 




フッと笑みが消え、無機質なほどの無表情が冷え切った目を際立てていた。














「全てが僕の予想通りなら。ーー君って、実につまらない存在だね」





冷え冷えとする瞳と相まって、耳飾りがいっそう輝いて見えた。



そういえば、この耳飾りをここではないどこかで見た気がした。












穢してしまうのが怖くて、壊れものを扱うように大切にしてきた彼女。



能力者であることを知っても尚、変わらず愛してくれた彼女にようやく触れて分かってしまった。



華奢な体を抱きながら、涙に濡れた瞳に意識を持っていかれそうになる。



己を守る為に負った傷すらも、美しく見えてしまう。



ーー自分とは違う。



綺麗でこんな自分さえも受け入れてくれるような確かな強さを持った彼女を、これ以上傷付けて人生を狂わせるにはいかない。



どれだけ優れた再生の能力を持っていても、彼女を癒すことも、守ることもできはしないのだから。



彼女を守る為に、彼女を突き放したというのに。



こんな最悪な結果を招いてしまったのは、自分の心の弱さのせいだ。



結局、最後まで自分のことばかりで彼女の気持ちなんて微塵も考えていなかったのだ。



それに気付くのが、あまりに遅かった。





『私にとって、生きるっていうのは』



罪に塗れた穢れた身を、ボロボロになった心ごと彼女は優しく包み込んでくれた。






『あなたとーー日向といることだから』


『‥‥』


『1日だけでもいい。1秒でも長く一緒にいられたら、私はそれだけで幸せなの』


『‥‥おれ、は』


『日向を失ってしまったら、元の空っぽの私に戻るだけ。それは、死ぬことも同然。ーーだから、他でもない私を生かす為にあなたに生きてほしい』




卑怯にも彼女に己の願望を押し付けたメモを返されながら、痩せ細った体を抱き締め返した。

 






「ひ‥‥な」


「‥‥」


「どう‥‥して、おれをっ」


「‥‥ごめ‥‥ね」




絶え間なく溢れ出る血は、腕に抱く日菜のものだった。



追っ手から必死に逃げ続けていた。



その最中、敵の銃弾から日菜を守ろうとしたところを、逆に日菜が前へと飛び出し身代わりとなってしまったのだ。



引き裂かれるような胸の痛みに、喉奥から締め付けられるような圧迫感に、意識が朦朧としてきる。



絶望押し潰されながらも、今にも事切れそうな愛しい人の名を呼び続ける。







「おれには、能力があるのに‥‥っ」


「でも、万能じゃ‥‥ない‥‥でしょ?」



切なげに表情を曇らせながら、かつて片腕のあった箇所を撫でる。



体を蝕むほどの能力を持ってしても、失った片腕を再生することは出来なかったのだ。






「その力の代償は、命‥‥。不死身なわけじゃない‥‥から」


「でもっーー」


「そんな顔‥‥しないで。私の、願いは‥‥これで、叶うの」


「‥‥っ」


「失われたものは、戻らない。命も‥‥同じ」


「‥‥おれは、日菜に何もしてあげられなかった。何も、何一つ‥‥っ」


「いいの。沢山、幸せに‥‥してもらったから」




血を吐きながらも、日菜は穏やかな笑顔を浮かべていた。






「‥‥私の、最初で‥‥最後の願い‥‥」




青白い腕が、力無く頬に添えられる。






「‥‥それは、日向よりも、先に‥‥死ぬこと」


「‥‥日菜っ」




どこまでも救いがなくて、願いというには無欲過ぎることが、最初で最後の望みだなんて惨すぎる。








「愛‥‥してる。待って‥‥るから、ゆっくり来て‥‥」




血で濡れた手で溢れ出る涙を拭うと、力無く手を下ろし光を失った瞳を閉じた。



その安らかな表情は、夢半ばで去った者の表情には到底見えなくて。



蛍の光のような、儚い夢が本心であったことを何よりも表していた。



生き絶えた日菜をそっと寝かせると、追っ手を迎え撃つべく身構える。






「いたぞ!こっちだ!」




数十人の能力者狩り相手に、臆すことなく紋章の施された銃口を向けた。







「‥‥おれの罪は、許されない」




操られていたといえ、何の罪もない人達を惨殺した罪人であることは変わらない。



洗脳されていた事実は、この罪が許されるだけの言い訳にはならない。






「お前達を一人残らず殺し、日菜のように虐げられる人々を救うことで、罪を贖う」




ーー日菜。おれはきっと、君と同じ場所には逝けないだろう。



けれど、もしあの世でこの罪が許される時が来たのなら。



二人の輪廻が循環し、また同じ時を生きられるとしたら、今度こそ幸せにしてみせるよ。



だから、その時には世界が救われていることを祈っている。






「こいつ、〝再生〟と〝転移〟の2つの能力を!?」


「あり得ない。そんな前例はない!」


「殺さずに捕らえろ!」




再生の能力が間に合っていない。



やがて紋章が消えると、銃の威力が著しく落ちた。元よりおれ自身の戦闘能力は皆無に等しい。



敵の残りは20人。



強い嘔吐感に襲われて吐き出すと、バケツをひっくり返した程度の血溜まりが出来た。



どうやら、おれの命はここまでらしい。



膝跨いだまま、立ち上がることもできない。



男達に引きづられるようにして連行される。



愚かな連中だ。

能具の糧にする間も無く、この命は尽きるというのに。



遠ざかる日菜を見やり、死の瞬間も共にできなかったことを悔やみながらこれが報いかと目を閉じた。














「そいつはオレの獲物だ」




声のした方に目線を向けると、能力者の体に双剣が突き刺さっている。






「は?」



一瞬のことで意味が分からずに狼狽する男達。



不気味なほどに静かな森に、風切り音が響くと同時に、周囲の男達が揃いも揃って他に伏せった。





「何者だ!」



後方に控えていた能力者狩りと思わしき男達が飛び出してくる。



しかし、無残に切り刻まれ血を垂れ流す仲間の付近に人の気配はない。






「姿を表せ!この卑怯者が!」


「別に隠れてねぇよ。テメェらが遅すぎるだけだ」




闇と同化した人影が、男達の背後から現れる。



影からすらりと伸びた血を浴びた双剣が、怪しく光を宿す。






「能具ーーだと」


「ご名答。さすがは腐っても能力者〝狩り〟ってとこか。まァ、この双剣を見てもピンと来ねぇってのはいただけないが」




血のように赤い光に射抜かれて、反射的に身がすくむ。



やがて声の主の全貌が露わになると、どよめきが走った。






「き、貴様は」




灰を被ったような色の逆立った髪が、風に揺れる。



鋭く野生的な瞳に精悍な顔立ち、狼を彷彿とさせるような灰色の髪と血色の三白眼。



それはまるで、人相こそは出回っていないもの、近頃巷で噂になっている快楽殺人の風貌そのものだ。



双剣を肩に担ぐようにして、男はニヒルに笑っている。










「ーー能力者〝殺し〟か‼︎」




「おいおい、テメェらの詰所を襲ったばかりってのに、覚えられてねぇのかと悲しくなっちまっただろ」


「調子に乗るな狂人風情が!能具使いはお前だけじゃないぞ!」




能力者狩りの目的は本来、能力者を生捕りにすることだったのだ。その為、能具を使用することを避けていたことが思わぬ乱入者によって悪手となってしまった。






「殺せ!」



能具である銃を、男目掛けて一斉に放つ。



通常よりも数倍の威力だ。幾ら同じ能具使いであろうと、これだけの数を相手にしては一溜りもないだろう。





「‥‥ば、かな」



しかし、あろうことか一撃も対象に当たることなく全ての銃弾が軽々しく跳ね返されてしまったのだ。それも、たった一振りで。






「なぁに鳩が豆鉄砲を食ったような顔してんだ」


「な、なぜ」


「あぁ?」


「き、さま。まさか、能力者‥‥?」


「アホか。んな大層なもんは持ってねぇよ」


「で、ではなぜ!」


「るせぇな。簡単な話だろ。武器がどれだけ強かろうが、使う奴がゴミならガラクタも同然なんだよ」





唯一生き残っているのは、指示を出しただけで攻撃をしなかった男のみ。



この状況で勝ち目がないのは火を見るよりも明らかだ。一目散に逃げればいいものを、圧倒的な力を前に正常な判断を失っているようだ。






「ーー失せろ、雑魚が」




利き腕でもない片方の剣だけで最後の1人の首を軽々と斬り飛ばした男は、女の側で命尽きた若き能力者を視界に入れると目を細めた。




「組長」




音もなく現れた人影。



野暮ったい黒装束のコートを脱ぐと、神経質そうな青年が縁なし眼鏡を掛け直した。






「任務中に抜け出されては困ります」


「誰かと思ったらお前か、ヤモリ。相変わらず影が薄いな。その眼鏡を見るまで認識出来なかったぞ」


「何故開口一番に罵倒されているのか理解に苦しみます。それに、何度も申し上げておりますが私はヤモリではなく家守いえもりでーー」


「能具なんて貴重なもんの収穫があったのはいいが、銃は俺の趣味じゃねぇな。上に突き出せばそれなりの金はもらえんのだろうが」


「能具、ですか。まさかこいつら、能力者狩りで?」


「ああ。まあ、無駄に規模のある組織だからな。この程度の数、全体で見れば過半数にも満たないだろうが」




いっそ清々しいまでに無視されたが、青年が気にする様子はない。



無理もなかった。

この組織では名前などは覚える価値もないのだから。



誰も彼もが本名か偽名かも定かではなく、個人を特定する問いはタブーとされていて追及することはできない。



それに、任務中は基本的に各自に与えられたコードを使用するのが義務だ。



それでも、本名を名乗る青年は上司である男の本名に興味が微塵もないと言えば嘘になる。





「〝影〟を手配しろ」


「構いませんが、少しはお小言も聞いてください。私の名前を一向に覚えてくださらないのはせておき、姿を晒すことだけは避けてくださいとあれほど申し上げているのに改善してくださる気がないのは何故ですか」


「今は任務中じゃねぇだろ」


「屁理屈を捏ねないでください。四番隊の組長ともあろう方が、〝能力者殺し〟なんて稀有な通り名で広まり、おおよその人相が世間に出回るなど前代未聞です」


「その程度の情報操作、影からすりゃあお手の物だろ」


「私が言っているのはそういうことではなくですね、このままでは職務怠慢で組長の座から下されるだけでなく、最悪一番隊送りになる可能性もあるということです」


「オレからすりゃあ寧ろその方が都合がいいがな。一番隊なら、最前線な上にカナセの野郎がいんだろ?」


「‥‥」


「上もお前も、組長としての自覚を持てだの問題行動は慎めだのゴチャゴチャとうるせぇんだよ。オレに問題があることは事前に把握してんだろうが。文句があんなら、オレみてぇな化け物を引き入れちまったテメェを恨めや」




血色の瞳を光らせて屍を踏み付けながら歩き出す男の背中に、青年は憂いの眼差しを向ける。






「‥‥それでも、私は」



先の任務中の通達を、未だ受け入れることが出来ない。










「あなたは、上に立つに値すお方だと思っているのですよ。ーーシンさん」




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